表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
204/250

その5


 真夜中に部屋に帰った。コンビニで買ったパンとおにぎりを半分ずつ食べてからシャワーを浴びた。アーサーの傷は想ったより浅く、念入りな消毒と家にあったガーゼと絆創膏、それにワセリンで処置して様子を見ることにした。「一緒に寝たい」と彼が言うので、いつもマリサと寝ているベッドに彼を入れた。泣いてはいなかったが、ときどき肩や背中を小さく震わせているのが分かった。分かるよ、アーサー。今日は怖いことが続いたからな。寝返りを打つと身体中に痛みが走った。どこも折れてはいないだろうが、やはり肋骨にひびが入っているようだ。目を閉じ、痛みを確認する。用心深くそれを身体の外に出す。と途端に眠りが訪れた。


 明け方に目を覚ました。寝返りを打った。痛みはほとんど感じなかった。窓の外はまだ薄暗く、アーサーは静かな寝息を立てている。昨夜のことを想い出し、もう一度目を閉じた。右の拳で妻を――妻の姿をした別の女を――殴った時の感触が蘇り、一度舌打ちをした。再び眠りに落ちた。


 夢を見た。マリサ・オンタルトと初めて会った時の夢を。あいつに言ったことはないが、完全に一目惚れだった。いや、あいつ以外に恋をしたことがないので、ひょっとすると他のやつらも皆、あんな風に恋に落ちるのかも知れないが。


 彼女は美しく、公園の噴水で友人を待っていた。女神や天使がいるのなら、きっとあんな形をしているのだろう。若きペトロはそう想い、結局声をかけるのに半年が必要だった。


 ふたたび目を覚ました。時計は十時を過ぎていた。そこにアーサーの姿はなく、急いで起き上がろうとしたが、トイレから聞こえる水の音にそのまま身体をベッドに戻した。


 転がったまま天井を見上げていると、昨夜の戦い――なんてかっこいいもんじゃねえな、ただの殴り合いだ――の記憶が、断片的にだがある種のストーリー性を持って想い出された。出来ることなら忘れてしまいたい記憶だが、“あの女”とマリサが一緒にいる限り、いつかまたやり合うことになるだろう。陰気で、みじめで、暗い夜を感じさせる気持ちとともに“あの女”の動きとパワーを想い出す。こころでなく身体がささやく。逃げるな、立て、構えを直せ、迷うな、動け、拳を相手に叩き込――、


 ピンポーン。


 とここで突然、玄関ベルが鳴り、彼の記憶は一旦閉じられた。


「おじさん?」アーサー・ウォーカーが彼に声を掛けた。


「どうした?」ペトロは訊いた。ベッドの上に起き上がり、「誰か知ってるひとか?」


 インターホン越しに見た顔にアーサーは見覚えがあった。とってもイヤなやつ。細身でおっとりしているくせに、と同時にとても邪悪な感じを周囲に与える男、天台烏山の部下のひとり、借金の催促に何度も店に来たあの男、金平瑞人だった。


     *


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 近所の学校から吹奏楽部の練習が聞こえた。同じ部分をくり返していた。


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 今度はさっきよりも一体感が増しているようだった。もう一度繰り返した。


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 うん。更によくなった。先ほどよりも自信のある音色だった。


 がしかし、きっとここの地形、あるいはイチヂク好きの悪魔のせいでもあろうか、彼らにしてはお見事なその音色も、その丘の下に立ち、地図を確認している佐倉八千代と木花エマの耳には妙に歪んだ、あるいはいくつかの干渉的電子フィルターを通して響いて来る音楽のように聞こえていた。彼らは悩んでいた。


 と言うのも、ふたりが立っているこの場所は、地図に引かれた二本の赤線――八千代と伊礼が互いの夢や預言から想定した『花盛りの丘』が存在するであろう範囲――の北の端であったにも関わらず、ここでも八千代が首を横に振ったからである。しずかに。自分への苛立ちも込めて。


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 テーマがくり返された。エマが訊いた。「もっと先まで行ってみる?」


 しかしこれにも八千代は首を振った。これ以上北に向かう、伊礼の事務所からさらに離れると、彼女が夢で見た内容――宙に浮かんだ光るひとの大きさ――と整合が取れなくなる気がしたし、また、この地に妙な違和感を感じてもいたからである。テーマがくり返された。


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 引き続き水か包装用フィルムでも通したかのような音だったが、先ほども書いたとおり、もちろんこれは彼らの責任ではなかった。


 と言うのもこの音は、複数の音波や電磁波 (のようなもの)が、一定のパターンで輻輳しつつループして、元の音に干渉、しずかに変容させているものだからである。


 そう。そうして、それはつまり、彼らが立つ、彼らがいまいるこの場所こそが、実は彼らが探そうとしている『花盛りの丘』そのものであることを示していたのである。


 であるが、先ほど八千代が首を振ったことからもお分かりの通り、その丘は、イチヂク好きの悪魔の手により、まるでちがう、それこそ丘と呼ぶには平坦過ぎるような場所に、ふたりには見えていたのである。テーマはくり返される。何度も、何度も、何度も。


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪ と。


 そうして、


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪ と。


 ひょっとすると、ここで八千代がいつものように、何も考えずに、目の前の坂なり丘なりを上り、その上にあるふたつの墓に、これまた何も考えずに手を合わせていたりしたら、彼らもきっと、ここが問題の丘であると気付いたかも知れないし、そうしてそのまま、『花盛りの家』までたどり着けていたのかも知れない。


 が、しかしそれは、物語的には少しばかり気が早いし、また、その“いつものように”していられるほど、八千代も落ち着いてはいられなかったのである。そうして、


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 そうして、何度目となるか分からないテーマがくり返された後、エマが言った。「ねえ、ヤッチ」と。

きっと彼女に励ましと言うか忠告、いや、エマ自身の希望のようなものを伝えようとしたのだろうが、しかしその言葉は、なんだかとても切羽詰まった八千代の横顔に、


「と、取り敢えずさ」と素早く変化させられることにもなった。彼女の手を取り、「だったら一度、石橋さんのところに戻ろうよ」と。「先ずは報告だけでもさ」と。


 この言葉を聞きながら八千代は、ジッと黙って、坂の上を眺めていたのだが、しばらくすると、今度は首を縦に振った。いま来た道をまっすぐ戻ることにしたのである。


 このとき、結局伝えられなかったエマの八千代への励まし、忠告、いや、希望のようなものは、敢えてここに言葉にして書き起こすのなら、それは概ね、次のような事柄だっただろう――ねえ、ヤッチ。


     *


「ねえ、ヤッチ。ヤッチの本当にすごいところ、とっておきの能力ってのはさ、そういう色んなものが見えるとか、ひとの気持ちをどうにか出来るとか、もちろんそれもすごいことだけどさ、実はそんなんじゃないんじゃないかなって想うんだよね、私は。それをなんて呼んだらいいのかは分かんないんだけどさ。

 なんて言うか、なんかこう、ギリギリの土壇場だとか、逆に本当にどうでもいいようなところでさ、うそみたいな偶然なんかが起きてさ、それで色々解決するような――これまでにも何度かあったじゃない、そういうの。そういう感じじゃないかなって、そう想うんだよね。

 もちろん、その偶然を起こしたのがヤッチかどうかは分からないし、あんたはそれを否定するかもだけどさ、じっさい私は、そういう偶然を何度も見て来てるんだよね、あんたのそばで。

 だから、そう。だからこそなんだけどさ、そういう偶然をひき起こす? 呼び寄せるためにも、まずはあんたが――」


     *


 が、しかし、だからこそここで、彼女ははっきり言葉を変えた。いまの八千代に、「まずはあんたがいつものように」と言うのがあまりに酷であることを彼女は知っていたからである。きっと自分だって、愛するひとを奪われたら、「いつものように」なんてしていられないだろうし、と。


 そう。だから彼女は、彼女の手を取ったのである。吹奏楽のテーマがくり返された。延々、延々、延々と。


 パー、パー、パパー、

 パパパ、パーパー、パーパー、パーパー、

 パパパパパー~♪


 さて。


 先ほどエマが言いそびれた、八千代の能力に対する彼女の見解は、実にまったく的を射ていたし、それが実際、「ギリギリの土壇場」で効果を発揮することは、この後、ずっと物語が進んだ先で、きっと皆さまも理解されるだろう。


 が、取り敢えず今は、彼女の『怒り』が暴走しないようにと願い、と同時に、その『怒り』の扱い方を学ぶ機会――ひとりの魔女の帰還――を待つのが先決でもあった。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ