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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十二話「勇気とプライド、それに恋する乙女の観察眼」
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その4


 正午もかなり過ぎたころ、不破友介は、床下に隠されていたワインボトルを取り出すと、それにパンとチーズとソーセージを合わせて、遅めの昼食の準備をした。床下のワインはこの家の女主人の取って置きのひとつだったが、彼女が“こちら”を出て行く際に、『どうせもうお飲みになれないでしょう?』と無理を言って譲ってもらったものだった。パンを切り、皿を準備し、ワインの栓を抜いたところで、少々彩りに欠けると想ったのだろか彼は、『ナンタラカンタラ』、妙な呪文を唱えると、サッとひと振り、右手から見事な形のイチジクをふたつ取り出すのであった。


「うん」彼は言った。「夏果ならこんなものでしょう」とその匂いを嗅ぎながら。


 ここはいつもの花盛りの家。その台所。いつもならここでリビングへと移動、ソファにすわり、テレビでも見ながら、これらパンやらワインやらを楽しむところだが、


「ああっと、そうそう」とここで彼はつぶやいた。「そうそうそうそう、そうでしたな」ワインとイチジクを手にしたまま、「まあ、仕方がないか」と。


 それから彼は、リビングの向こう、庭に面した廊下のところに、ひとり掛けのイスとダイニングテーブルをどこからともなく出現させると、そのままそちらへと移動した。


 何故ならこの時、いつものソファには来客が、この家の孫のひとりの山岸まひろが、しずかな寝息とともに、いまだ夢の、あるいは未来のビジョンの中にいたからである。


「ふーむ」庭を見ながら不破は言った。出したばかりのイスにすわって、「静か……ですな」


 世界も眠った様子であった。


 いや、耳をすませばきっと、さわがしい街の歌や、この丘を探すふたりの少女の足あとなども聞こえたかも知れないが、それでも、せめて周囲はしずかにと、まひろのことを想った不破が、この家の結界を強めていたからである。ワインの匂いを嗅ぎ、庭を眺めた。


 そこはまさに、いまが花の盛り――であったが、奥のゼラニウムが六輪ほど、熱気につかれた美しい六姉妹のようにだらしなく互いが互いに寄りかかっていた。


「やれやれ」不破はつぶやいた。イチジクを半分丸呑みにし、「あとですこし話してみるか」


 この家と家族の面倒を見るように、と亡くなった山岸の祖母・咲子から言われた不破であったが、一番の面倒は、この庭の手入れであった。


 ここの花たちは、基本的には、放っておけば、勝手に咲き誇り続けるのだが、それでも咲子の不在に、少なくともずっとここには居ないことに、気付いた花たちの中には、いま見たゼラニウムのように、力を失くし萎れてしまうものもいたからである。


 向こうの丘から、涼しい風がこちらにわたって来た。一匹の雌ネコが庭へと迷い込み、すこしうろついてから、木陰のひとつで横になった。まるでソファで眠るまひろのように。


 彼女は、まるで三毛とサバトラとキジトラを混ぜ合わせて掛け合わせたような見た目をしていたが、そんな彼女の姿に悪魔は、


「うん?」とひとり、眉をひそめるかたちになった。チーズをひと口、かじったまま。


 初めて見るネコだったし、と同時にどこかで出会ったネコのような気もしたし、そもそもどうやってここに、この結界の内側に、入って来たのかが分からなかったからである。


「うん?」とふたたび彼は眉をひそめ、「あなたは?」と言って腰を上げようとした瞬間、


 ピンポーーーーーーーン。


 と玄関のチャイムが鳴り、彼の意識はそちらに向かった。彼はつぶやいた。


「ああっと、そうそう」と。「そうそう、そうそう、そうでしたな」と、ワインを一気に飲み干しながら、「そろそろ、お気づきになられるころでしたな」と。


     *


 その丘をのぼる時――ということは、祖母の家へと向かう時という意味だが――山岸富士夫は、必ず少し遠回りをして、その墓の前を通るようにしていた。理由は彼にも分からないが。


 そのふたつの墓はとなり合い、しかし離れて、丘の頂上あたり、花盛りの家の裏手と言っていいような場所に立っていた。


 片方の墓には、そばになにかの木があって、背は低いが葉ぶりのよいその枝は、これらふたつの墓を、道の側から隠しているように見えた。


 彼らはいつでも、その季節に見合った草花に取り囲まれ、手入れは行き届き、言ってみれば静かに、安らかに眠っているように見えた。


 がしかし、透き通るようなその石の表面からは、この墓がいつの、誰の、誰のための、何のための墓であるかといった情報は、なに一つとして得ることが出来なかった。


 山岸富士夫は、例えばそこに花を添えるだとか、あるいはしゃがんで手を合わせるだとか、そういったことは決してしなかった。


 彼はただただ、周囲から不審がられない程度に、道の側から、緑に隠されている彼らに、小さな、数秒にも満たない長さの黙祷を捧げるだけであった。


 そうして、これは彼も知らないことなのだが、このまわり道と小さな黙祷――数秒にも満たない瞑目と沈黙――が、この奇妙な丘でも、彼が決して道に迷わない理由になっていた。


 何故ならここは、このお墓の前だけは、彼の祖母や祖母の悪魔が張る結界の、ほぼ唯一の抜け道だったからである。


     *


「すると、来たのは昨夜ですか?」富士夫が訊いた。廊下に出されたダイニングテーブルに、別の椅子を持って来ながら、「なにか理由は?」


「夜になる前でしたかな」不破は応えた。どこからともなく新しいグラスを取り出して、「きっと、咲子さまに会いたくなったのでしょう」そうしてそれを、富士夫に向けながら、「それからずっと、あんな感じでして」


「なるほど?」富士夫は続けた。ソファで眠るまひろと、そのうしろに見える祖母の骨壺をそれぞれ一瞥してから、「熱やなんかは?」そうしてワインは断わりながら、「あと、せめてベッドに移してやりませんか?」


 この日富士夫は、朝から何度か、まひろに体調確認のための連絡を取ろうとしたのだが、それらにまったく返事がなかったため、遅い昼食を取る代わりに――きっとなにかの直感か、誰かが彼に囁いたのだろう――彼女のマンションに向かう足を変えると、この花盛りの家までやって来たのであった。不破が応えた。


「私もそれは言いましたがね」新たなイチヂクを二個ほど取り出し、「どうにも咲子さまから離れたくないようでして」そうしてそれを、富士夫に向けて、「それははっきり断られましたよ」


「意識があるんですか?」富士夫が訊いた。イチヂクを一つ取り、「話も出来る?」


「うーん?」不破は答えた。「熱はなし。水を置いておけばそれは飲まれますし、果物も同様。ときどき起きてお手洗いにも行かれているようですし、服の着替えはないですが、タオルを置いておけば、勝手に汗は拭かれている模様。ですが――」


「会話は出来ない?」ふたたび富士夫が訊いた。


「ええ、すぐにまた眠られるので」不破は答えた。「簡単なやり取り程度ですな」


「ふーむ」富士夫はうなった。イチヂクをひと口齧ってから、「まったく。こまったやつだ」


 それから彼らは、もうしばらくここで不破にまひろの様子を見てもらうこと、彼女の着替えやなんかは富士夫の妻の美紀に届けさせること、もしまた容態に変化があれば、直ぐにでも医者を呼ぶこと等々を確認すると、


「しかし、精神的なものだと厄介かも知れませんね」富士夫が続けた。「あいつはあいつで、おばあちゃん子でしたし、それでなくても最近は色々と――」と自殺した父親のことが少し脳裏を過ぎった。「なにかその……、聞いてたりしませんか?」


 するとここで不破は、我が意を得たりというか、見事シナリオ通りになったというか、内心にんまりしそうになったのだが、それは抑えてポーカーフェイス。吹き出しそうになるのもどうにかこらえて、


「そう言えば――」と少々芝居がかった、深刻そうな口調で、「最近、なんとかとかいう行政書士と、よく連絡を取られているようなのですが――」



(続く)

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