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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第二話「オルバースのパラドックス」
20/91

その1

 さて。


 むかしむかし、ブレーメンに住むある男が言った。


「仮に宇宙に限りがなく、且つ、そこに無限の数の恒星があるとするならば、我々の見上げるこの空は、すべてそれら恒星で覆われ、どの方角にも常に恒星は見えているはずなのだが、それでは何故、いま我々の見上げるこの夜空は、どうしてこんなに暗いのだろう?」


 なるほど。


 たしかに例えば、厚く深い森の中にいる人の視界には、常に木が見えている。森には限りがあり、そこに立つ木も無限ではないにも関わらず。


 であるならば、夜空を見上げる我々の視界にも、常に星の光が見えていてもおかしくないハズなのに、なぜ、夜空にはこれほどの暗闇が存在するのだろうか?


 宇宙にある恒星の数は有限だから?


 いや、仮に有限であったとしても、ひとつの銀河に存在する恒星の数は約2000億個、宇宙にある銀河の数はおおよそ約2兆個と見積もられているので、宇宙に存在する恒星の数は……、えーっと? いくつだ? ……あれ? …………ひい、ふう、みい、よう…………………………………………あれえ? …………が、ま、まあ、要は、それこそ「星の数」ほどの恒星がこの宇宙には存在するわけで、たとえそれが有限であっても、地球の夜空を照らすには十分過ぎるほどの恒星が存在することになる――何故、夜空はこんなに暗いのだろう?


 恒星は暗く遠くにありすぎるため、一部のひかりは地球にまで届いていないから?


 いや、であれば、地球を中心とした球形を想像し、そこに一定の距離感で出来る層を考えて欲しい。もし仮にそのそれぞれの層に一定の割合で恒星が分布しているとするならば、距離と調光の関係から、これら各層の総光度は同じ――どれほどとおく離れていても、同じ量のひかりが地球に届く――ことになり、結果、空は均一に照らされていなければおかしいはずである――どうして夜空は、こんなに暗いのだろう?


 宇宙には、恒星からの光をさえぎる星間塵がたっぷりと存在しているから?


 いや、恒星から発せられた光は熱を持っており、その熱は星間塵をも加熱するので、その星間塵は――エネルギー保存の法則に従い――熱=光を吸収、それからすぐに光=熱を再放射、塵自体が輝きを放ち出すはずである。


「もう、だったらなんで暗いのよ? 夜空」


 うん。そいつは主に、次の二つの要因が考えられるかと想います。


 ①光の速さは有限で、宇宙は無限に古いわけではないから。

 ②宇宙はいまも、膨張をし続けているから。


 と、言うことで。


 先ずは①について。これは、そう。我々の住むこの宇宙は、約138億年前に産まれたとされるわけだけれども、それはつまり、我々は、我々から138億光年離れた場所にある物までしか観測出来ず、それより遠くにある恒星や銀河は、その光がまだ我々のところに届いていないため見えない――ということを示している。


 そうして次に②については、いまも宇宙は――それこそ光よりも速く――膨張を続けているため、地球から急速に遠ざかっている銀河や恒星からの光は、それが「伸びて」見えることになるワケだが、その「光波が伸びる≒波長が長くなる」が非常に伸び、長くなると、それは赤外線となり、赤外線は人の目で観測することが出来ないので、地球から急速に遠ざかる銀河や恒星は、例えそこに実在するとしても、我々の目には見えない――ということを示している。


 つまり。


 右の2点が、問題のブレーメンのアマチュア天文学者が提出したパラドックスへの、現在考えられる有効な回答となるワケですが――って、え? これが本編とどう関係してくるのかって?


 それは前話のラスト、山岸富士夫が目をうばわれた無数のひかり、《壁》の向こうに見えた奇妙な光景と関係して来るワケですね。


     *


 と、言うことで。


 それは、高さ1mほどの、世界の終わりで現れるはずの、あの、《壁》のひとつであった――すくなくとも、それによく似ていた。


 山岸富士夫はその《壁》――正確には《壁》の向こうのその景色――に、先ずは目を、続いてこころをうばわれていた。


 それは無数の、無限にちかい無数の、恒星たちが集まり見せている光景だった。


 まったくの明るみ。ひと粒の闇すら付け入る隙のない光の集合体。そこに宇宙の年齢や膨張速度は関係なかった。時間的空間的フィルターを通さず、あり得る宇宙すべてと、それら宇宙のすべてが、ほんのプランク長ほど位相をずらし、こちらも無限にちかい状態で重なり合い浸食しあっていたからである。延々と続く、モザイク模様の光のパレード。


「なんだ?」富士夫はつぶやき、ベッドを下りた。「こいつは?」そうして、その《壁》に触れようとした瞬間、


 バチッ。


 と小さくするどい音が――きっと、彼の中の“蓄積”が切れたのだろう――して、《壁》は、あとも残さず、重なり合った宇宙たちとともに、不意に消え去ってしまった。


「なんだ?」ふたたび富士夫はつぶやき床にすわると、「いったい?」きっと“蓄積”が切れた影響だろう、「いまのは……」とそのままそこで、気を失うことになった。



(続く)


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