世界の終わり。
そこは、気持ちのよい初夏の昼下がりだった。
そこまでもずっと、気持ちのよい初夏の昼下がりだったけれど、彼女が旅に放り出されてからこっち、嵐はまだ、彼女に追いついていなかったから。
周囲の人々は、ちいさな彼女のことなど目にも入らないかのように、気持ちのよい、この初夏の昼下がりを楽しんでいた。仮にそれが、ちいさな彼女にとっては、偽りの初夏であったとしても。
鳥は歌い、風は心地よく、花たちはその身を誇らしげに咲かせていた。が、そこに、みどりの公園の東の先に、大きな大きな、《壁》が現われた。嵐が、彼女に追い付こうとしていた。
「お嬢ちゃん?」ひとりの女性が彼女に声を掛けた。「大丈夫? お母さんかお父さんは?」
彼女は答えなかった。ただ、その女性の顔をジッと見詰めるだけだった。彼女の母親の顔に、よく似ていたから。
「お嬢ちゃん?」女性はくり返した。彼女に《壁》は見えないようだったが、嵐の予感を肌で感じ取ったのだろうか、肩に掛けていた鞄から折り畳み式の傘を取り出すと、「大丈夫? 迷子とかなら一緒に探してあげるけど」と、彼女に手を差し伸べて来た。「なんだか、雨になりそうだし」
彼女はふたたび、女性の顔をジッと見てから、その右手を取った。あたたかい。彼女は想った――直後、嵐が彼女に追いついた。
紫がかった暗闇が公園を、いやこの都市全体を、いや、この国、この星、この宇宙全体を覆いつくし、遠い丘の向こうでは雷が鳴り響いた。紫がかった暗闇は、まばゆい光へと変わった。
重苦しいカーテンのような雨が暗闇、と同時にまばゆい光と重なり、そこに青や赤や白の炎がちらついた。
「もうっ」彼女はつぶやいた。つないだ手を離しながら、「まただわ」
そうして、世界は終わった。取り敢えず、その世界は。
「おかあさん」彼女はつぶやき、のこった自身の左手を握りしめた。
それから彼女は、一瞬、まばゆい光に飲み込まれたかと想うと、一転今度は、深くふかい闇の中へと放り出された――今度も、ふたたびひとりで。
(続く)




