父と母のこと。
『すべてのお話は、
すべてホントに起きること。
すべてのお話は、
すべてホントに起きたこと。』
彼女の父は勇敢で、想いやりにあふれ聡明で、そうして大変な美男子だった。
伯父も伯母も曽祖母さえもそう言ってたし、なにしろ彼女の母が愛した男だ、たとえ臆病で想いやりに乏しく、すこしばかり間が抜けていて、しかも顔もそれほどよくなかったとしても、それはきっと素敵な男だったにちがいない。
「そう。きっとそうにちがいない」と彼女は考えていた。深くふかい闇の中を上下左右に堕ち続けながら、
「そうでなければ、いま、ここに、私がひとり生き残って、存在を消されずにいることのつじつまが合わない」と彼女は考えていた。遠くとおい闇の向こうに見える《窓》へと堕ち続けながら。これも彼女の父が用意――発見? 発現? ――してくれたものであるはずだから。
嵐はまだ、彼女に追い付いていなかった。
《窓》の向こうから、楽しそうな子どもたちの声が聞こえる。まるで、誕生日の子どもたちのような。
結局のところ、彼女はまだ十歳にもなっていなかったけれど、それでも彼女の父や母を含め、彼女の知っている人々、いや彼女の住んでいた世界を、彼女は忘れようにも忘れてしまうことが出来なかった。それだけはしてはならなかったし、またそれが、彼女の父と母の望みであり、かつ、まだ見ぬ彼女の父と母への希望となるものであったから。
彼女は、首もとのペンダントに手を触れた。それは、碧い氷のような、惑星のような、しかし傷ひとつ気泡ひとつない、すばらしいカットガラスのペンダントだった。
《窓》は開いていた。そこに飛び込む準備は出来――いや、他に選択肢はなかった――彼女はそこに飛び込んだ。
「あそこが、“そこ”であればよいのに」そんな祈りを捧げながら。誰に? それは分からないけれど、それでも、「どうか、嵐が追い付く前に、どうか、彼らに出会えますように」と。
(続く)




