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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第九話「あるものすべてはうつくしく。」
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その13


 ドンッ!


 と、先ほどのものより数倍するであろう空気あるいは真空の塊の動く音がして、祝部優太は弾き飛ばされた。


「クッッッソッッッ!」男は叫び、左目を押さえた。「なんでッ! こんなに早くッ! 警察がッ!!」


 しかし、もちろん優太は警察などではなく、もっと面倒な組織の一員である。男の目からはわずかだが血が流れていた。


 ドンッ!


 と男はふたたび、空気あるいは真空の塊のようなものを優太に向けた。


 が、優太はそれを転がり避けると、改めて拳銃を構え直したので男は、


「チッ!」


 とひとつ舌打ちすると、開いていた窓から土砂降りの外へと――ここは校舎の二階であったが――裏庭の方へと、飛び出して行った。


「クソッ!」


 優太は起き上がり、骨や内臓の状態を確かめるより先に、飛び出して行った男の跡を追った。が、


「クソッ!」


 ふたたび彼は悪態を吐いた。男の姿はそこにはなかった。既に。優太はスマートフォン――ではなく、肩に掛けておいた携帯用の無線機で部下たちに呼びかけた。


「かおる! 深山! 聞こえるか?!」


 すぐに返事はあった。


「ヤツがいた! ひかりが襲われた! 裏庭の方へ逃げた! 外に出る前に捕まえろ! ヤツは左目を負傷している!」


 男の背格好は石橋伊礼の預言にあった通りだ、と。それから、


「顔はハッキリしなかったが、グレーのハンチング帽を被っている!」これも、預言の通りだった。「俺もすぐに追い掛ける!」


 そうして、やっと彼はふり向いた。娘が倒れているであろう方を、しかし――、


「……ひかり?」


 そこに娘はいなかった。一瞬、雨がその激しさを増した。廊下はうす暗く、彼女が倒れていたであろう場所には、なにかの、白い窓のような光のような痕跡だけが残っていた。彼女をかばってくれた男性(女性?)も、ひかりと一緒に消えていた。


「……ひかり?」


 優太はくり返し、彼女の痕跡の方へと近付いて行った。銃を構えなおしながら。そうして、


「なんだ……?」


 と、その白い雲のような光のような痕跡に手を伸ばした瞬間、


 ふっ。


 と、それはそこから姿を消した。優太はよろめき、バランスを崩し、その場に膝を付いた。


 そうして――?


     *


「動くなッ!」


 次に男と出会ったのは小紫かおるだった。男は雨の中よろめいて立ち、かおるは裏庭に面する渡り廊下の屋根の下にいた。距離にすると10~15mと言ったところだった。


「動くなッ!」


 かおるはくり返した。軽く腰を落とし、開いた左手を男の方に向け、右手には拳銃を持っていたが、射撃はからっきしだった。しばしの、沈黙があった。


「う、ご、く、な、よぉ……」


 かおるはつぶやいた。男に語り掛けると言うよりは、自分に言い聞かせるといった感じに。彼はいま、数年ぶりに、自身の能力に疑いを持っていたから。言葉で相手を動かす能力。先ほど、その能力から、自力で逃げ出した少年に会ったばかりだったから。ふたたび、しばしの、沈黙があった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 西の遠くで雷が鳴り、かおるは男の方へと踏み出していた。左手を上げたまま、雨の中を、右手の拳銃を握り直しながら。くり返しになるが、射撃はからっきしだった。ちからは効いているようだった。男は動けず、不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「あのう、すみません」男が喋った。いやにフレンドリーに、「それってひょっとして、拳銃ですか?」へらへらへらと笑いながら、「もしかすると誰かと――」そのため、


「しゃべるなッ!」かおるは叫んだ。すこし自信を取り戻しながら、「口は閉じてろ!」


 男は口を閉じ、言葉を発せなくなった。目を見開きこちらを見ていた。かおるはちいさな安堵のため息を吐くと、それでもゆっくり、男の方へと近付いて行った。


 そうして――?


     *


 ドンッ!


 と山岸まひろは灰色の壁に打ち付けられていた。まるでその壁に、垂直に落ちて来たかのように。


 が、しかしもちろん、こちら側の重力は壁とは平行に、つまりは地球の中心方向へと向かって働いているので彼女は、


 ズズズズズ、ズズッ……


 とそのまま、床の方へとずり落ちて行くことにもなった。腕のなかにいる祝部ひかりとともに。


「ねえ、きみ、大丈夫?」まひろは訊いた。床に落ち、ひと呼吸置いてから、腕の中のひかりに向かって、「ケガとかしてない?」彼女はいま、眠っているのか気絶しているのか、眉根を寄せたまま目をつぶっていた。まひろは続けた。「どっか打ったりとか――」


「大丈夫」彼女は答えた。小さな声で、「お兄さ……あなたこそ大丈夫?」抱き寄せられた胸の感触から、相手が男性でないことはひかりにも分かった。余計に心配になった。「かばってくれた……んですよね? さっき」


 この言葉にまひろは、先ほどの自分の行動と、そこで受けた背中の痛みを想い出したが、しかしそれを、ここで正直に言うのもまた何かが違うように想った。何故か、兄・富士夫の顔が脳裏を過ぎった。


「いや……」答えに窮してまひろは訊いた。「きみは? ほんとに大丈夫? なんだかずっと目を閉じてるけど」


 ここは、ひかり達の学校の体育倉庫だった。


 倉庫の中に灯かりはなく、窓の外はいまだに土砂降りで、隣接する体育館からは、後夜祭の準備だろうか、生徒たちのざわめきが聞こえて来た。どうやってここまで来たのかは分からないが、例の化け物から逃げ出せたのは確からしかった。ひかりが訊き返した。


「大丈夫なの?」ゆっくりと、相手の鼓動を確かめながら、「もう、目を開けて?」


「あ、ああ」まひろは応えた。一応、再度周囲を確認しながら、「あいつは、ここにはいないよ」


 が、しかし、これはすこし会話がすれ違っていた。と言うのも、ひかりが目を閉じていたのは、痛みのせいでもなければ、例の男への恐怖からでもなかったから。


「光は?」彼女は訊いた。「光は消えたの?」


「光?」まひろは訊き返した。「光ってなんのこと?」僕らはずっと、暗がりの中にいるではないか。


 そう。


 祝部ひかりが目を閉じていた理由。それは、男に襲われる直前に現われ、それから彼女たちが「ジャンプ」――校舎からこの倉庫までの空間移動――を行っている間ずっと、彼女の周囲を覆い舞っていた、まるで幾億もの夜空が重なり合って見せる恒星のカーテン――「光の壁」――に目もくらまんばかりであったからである。


 そうして――?


     *


「どうだ? 落ちたか?」


 そうしてそれからしばらくして、小紫かおるはそう訊いた。7~8m先にいる深山千島に向かって。大声で叫ぶのではなく、業務用の携帯無線機を使って、「俺ももう行っていいか?」


「落ちたのは落ちたわよ」深山千島は応えた。こちらも叫んだりはせず、手にした携帯無線機に向かって、「でもあんたはそこで見張ってて、誰か来ても困るからさ」


 ここは、祝部ひかりの通う高校の裏庭――のさらに奥にある通路。先ほどかおるが例の男の動きを止めた場所から10mほど離れた場所である。ここなら、敷地の外からも中からも見えにくいだろうと、動きの取れなくなった男をかおるがここまで運んで来たのである。激しかった雨もやみ始め、西の空には青空の欠けらのようなものが見えていた。かおるは訊いた。「どうだ? そいつは」


「どうだってなにがよ?」千島が訊き返した。


「落ちやすかったとか、落ちにくかったとか」かおるが言った。


「うん?」千島が答えた。すこし考えてから、「いや……、まあ、普通なんじゃない? この前の警官の方がよっぽど面倒だったくらい。こっちのこころ読んで来たしね、あいつ」


 彼らが何故、わざわざ離れて、無線機なんかを使ってこんな会話をしているのかと言うと、それはもちろん、この裏道に部外者が入って来ないよう入り口でかおるが見張りをしておくためもあるが、それ以上に、彼らの能力が干渉し合い、減衰あるいは極端な増幅をしないための処置でもあった。そう。前にもすこし書いたが、彼らふたりの能力は、その性質面で大変よく似通っており――まるで波同士が起こす干渉作用のように――そのような状態になることがしばしばあったのである。かおるは他人の身体を操り、千島は他人の記憶やこころを操作する。千島が訊いた。


「あんたの方は? こいつの足の靴ひもとか、あんたがこいつに結ばせたんでしょ?」


 問題の男は現在、左右の靴ひもを相互に固く結びつけ、手は後ろ手に縛られ、濡れた地面の上、目は閉じ、静かに眠らされていた。かおるが応えた。


「素直は素直だったけどな、なんか変な手応えだった。何人ものそいつを同時に動かしている感じ」


 このときのふたりの感じ方の違いは、これはそのまま、男の能力の特殊性と関係してくるのだが、それはまた後日、機会があれば語ることとして、


「自殺させた方がはやくないか? そいつ」かおるは続けた。「まずはお前が、そいつの記憶をまっ白にして、そのあと俺が――」と。


 一応ことわっておくと、ここでかおるは、「はやくないか?」と言ったが、本当に言いたかったのは、「安全じゃないか?」という言葉であった。それほど奇妙な恐怖と違和感を、彼は男から感じていたからである。であるが、


「だーめ、なに言ってんのよ、バッカじゃないの」と千島は応えた。「記憶はそのまま、生け捕りにしろってお達しでしょ?」


 先述のとおり、彼らの間には男に対する感じ方の違いがあり、彼女は、かおるほどの恐怖や違和感を男から感じていなかった。


「尋問ってことか?」かおるは訊いた。嫌そうな顔で。


「あるいは解剖か」千島が答えた。「それか退行催眠か」皮肉そうにすこし笑って、「それも一番きっついやつ」


「死んだほうがマシじゃねえか」


「決めるのは上よ――って部長?」


 とここで千島が突然声のトーンを変えた。無線機に向かって、


「聞こえてますよね? この会話。こちとらずっと、ツッコミ待ちなんですけど」


 すると、すこしの間を置いて、彼らの上司、祝部優太からの応答はあった。


『聞こえてるよ』とくぐもった、小さく低い声で、『教室の死体に誰かが気付いて、こっちはざわつき始めてるんだ。大きな声で喋るわけにもいかんよ』


「教室の死体は?」深山が訊いた。「ひかりちゃんではないんですよね?」


『ああ』優太は答えた。『ちがったよ』不安と安堵と後悔が入り混じったような声で、『ひかりの友人のひとりだ』それからひとつ舌打ちして、『石橋先生の預言どおりだな。ひかりの代わりに彼女がジュリエットを演じたらしい』


 とぉおおおおおおおお……ん。


 とここで、しばし雨の上がる音がして、深山千島は唇を噛み、小紫かおるはふたたび、男の自殺を願った。が、


『かおる』とつぶやく優太にその動きと願いは止められた。『勝手に動くなよ』


 問題の男には、訊かなければいけないこと、調査しなければいけないことが山ほどある。


『取り敢えず車と応援を頼んだ。それが来たらお前たちは、そいつを連れて先に戻ってくれ』


「俺も一緒に捜しますよ」かおるが応えた。


『いや』優太は言った。『そいつが起きたら、お前の力が必要になる。お前も千島もそっちにいてくれ』


 そうして――、


 きゃあっ。


 とここで、小さな叫び声が聞こえた。廊下の向こう側から。きっと、先名かすみを見た誰かのものだろう。ざわめきが勢いを増した。


 ちっ。


 ふたたび優太は舌打ちすると向きを変え、ざわめきから逃げるように、その場を立ち去った。男は捕まえたが、娘はどこかに消えたままだった。


「まったく。どこに行ったんだ、あいつは」



(続く)

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