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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第九話「あるものすべてはうつくしく。」
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その10


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 と、とおくの空で何度目かの雷が鳴って、とうとう雨はふり出した。


「すみませーん。こちらチケット完売しておりまーす。廊下での立ち見は一応オッケーですがー、通られる方のためー、うしろのほう、スペースだけ空けておいて下さーい。くり返しまーす。こちら、『ロミオとジュリエット』最終公演のチケットはすでに完売しておりまーす。廊下での立ち見は――」


 ローレンス神父役の高木さんが、集まり始めた観客に注意を促していた。廊下での立ち見の許可を運営からもらって来たのは台本の村上くんと石田先生だった。


「内海くん」先名かすみが言った。楽屋になっている、舞台の隣の教室で、奥の席に真っすぐ座って、「もうちょっと落ち着いて」


 と言うのも、最後の開演が迫る中、ロミオ役の内海祥平が、楽屋の中を行ったり来たり、ずっと落ち着かない様子だったからである。


「で、でもよ、先名」内海は応える。前二回の公演の拍手と喝采は、その九割以上は、自分にではなく、彼女に向けられたものであることは、流石の彼にも分かっていたが、それでも、「また、なんかしくじったらよ」とか、「俺も一応、主役だからさ」とか。


「大丈夫よ、内海くん」かすみも応えた。自分とひかりなら、拍手も喝采も、あんなものではないだろうけれど。そう想いながら、だけれど、「きっと、うまくいくわ」とその秘密は、いまだ秘密のままにして、「うん。きっとうまくいくわよ」そう彼に、自分に言い聞かせるように。そうして、「なにやってんのよ、清水くん」そう想いながら。「はやく、ひかりちゃんを連れて来て」


 が、しかし――、


     *


 が、しかし、その頃肝心の清水朱央は、ちょうど校舎の反対側で、ひとりの男から逃げているところだった。タコのお化けや男装執事、女装メイドなんかの間を、必死でくぐり抜けながら、


「くっそ! なんだよいまの!」


 と先ほど自分が経験した不思議な力――他人を言葉で操る小紫かおるの力――を想い出し、恐怖し、と同時に、彼を祝部ひかりからは離した方がよいと、自分がおとりになった方がよいと、そう考えながら。そうして、


「くっそ! なんで効かないんだよ、あの小僧」


 と、そんな彼を追いかけながら、小紫かおるは考えていた。こちらはこちらで、突然現われる一反木綿や、見事なライトハンド奏法を披露する軽音部、それに、


『大変だ! 遅刻する!』


 と時計を気にする白ウサギなんかを、どうにかこうにか避けながら、


「ただのミスならいいけどよ」と、「あいつも“お仲間”ってことはないだろうな?」


 と、自分がいま、祝部ひかりからどんどん遠ざかっていることにも気付かずに。


 そうして――?


     *


「いいのよ、そんなあやまらないでよ、風見さん」


 と、これとほとんど同じころ、祝部ひかりは謝っていた。トランプカードの風見千尋に、


「私もあのとき態度悪かったし、手を出しちゃったの私だし」


 と、千尋の手を取りながら、「なんだか奇妙な風景ね」と鏡の向こうを眺めながら、だけれど、その言葉と苦笑はしまっておいて。なぜなら、


「だって、だって、わたし、祝部さんにあんなひどいことを……」


 と、普段であれば毒舌・辛辣をもってする風見千尋が、顔をくしゃくしゃにして彼女に謝っていたからである。彼女は続ける。


「あんなご家族のこととか、絶対、絶対、絶対言っちゃいけないのに。なのに、私、あのとき、なんか、すっごく、すっごく、その、自分でもよく分からないんだけど、なんかすっごく、祝部さんのこと……、いや、祝部さんに、祝部さんへ……」


 とどうしても、「嫉妬」の二文字が出て来ない様子で。どうしても自分の気持ちに気付けない様子で。彼女の手には、半分赤く塗られた白いバラが握られていた。


「分かったわよ、風見さん」ひかりは応えた。彼女の気持ちにやっと気付いて、「私は許すから、風見さんも許してちょうだい」それからすこし笑って、「文化祭が終わったら、ちゃんと伝えましょ、おたがい」


「……伝える?」千尋が訊き返した。


「私も、ちゃんと伝えたいひとがいるのよ」ひかりは答えた。あの幼なじみの顔を想い出しながら――しかし、


「……伝えたいひと?」ふたたび千尋は訊いて来た。キョトンとした表情で。


「そう。伝えたいひと」ふたたびひかりは答えた――分かるわ、やっぱり恥ずかしいわよね、お互い――が、しかし、


「……伝えたいひと?」みたび千尋は訊いた。――はいはい。あまりに近すぎてマジで分からないってパターンね。


「うーん?」仕方がないのでひかりは言った。おせっかいが過ぎるとも想ったが、「好きなんでしょ? 風見さん。内海くんのこと」


 そうして――?


     *


「内海くーん、先名さーん、そろそろ準備してー」


 と、それから程なくして、ローレンス神父が主役のふたりを呼びに来た。開演までは時間があるが、


「中も廊下もすでにひとでいっぱいだからさ」楽屋からの移動で詰まっても困るし、「主役のふたりには舞台袖で待機していて欲しいって、石田先生が」


「え? でも」先名かすみは言い掛けたが、ひかりを呼び出したことは彼女と清水以外に知る者はおらず、また、


「うっわ、ほんとだ」と言う内海祥平の声――彼はいま、楽屋の窓から廊下を盗み見たところだった――、「二回目の時よりもっと増えてるぞ」


 それに、開いた窓のすき間から届いた観客たちの熱気やざわめき、舞台への期待なんかを感じ取ると、かたく目を閉じ、口も閉じると、ほんの少しの間だけ、頭を垂れたような格好で、右手を左の肩の付け根に当てた。ひかりと清水のことを想い出しながら。彼女はきっと、彼らともっと、遊びたかっただけなのであった。であったが、しかし――、


「うん」と明るい口調で彼女は言った。笑顔をつくり顔を上げ、「わかったわ、いきましょう」と、誰にもその気持ちを気付かれないよう注意して、「やろうじゃないのよ、最終公演」


 そうして――?


     *


 ドンッ。


 と時間は前後して、祝部ひかりは、ひとりの人物とぶつかっていた。


 コトンッ。


 と相手のスマホが廊下に落ちた。


「あ、す、すみません」ひかりは言った。


 舞台に急いでいたこともあったし、廊下の先で待ってた朱央がいなくなっていたこともあったし、それにようやく自分の気持ちに気付きやがった風見千尋の手を引っ張っていたことなんかもあったのだが、結局これは、また一種の運命みたいなものかも知れなかった。彼女は、前から歩いて来たその人物にまったく気付かず、また、まるで何かに引き寄せられるように、その相手とぶつかってしまったのである。


 そう。


 もし、ここでの出会いがなかったならば、彼女は舞台に間に合っていたかも知れないし、友人をひとり失くすこともなかったかも知れないし、逆に彼女が命を落としていたかも知れなかったのだから。相手は答えた。


「あ、いえ、こちらこそすみません」と。落ちたスマホを拾い上げながら、「つい、見ながら歩いちゃってて」と。


 年のころなら二十代。その後半に入ったばかりだろうか、スラッとした細身で肌の色は浅黒く、短くカットされた髪はうしろに撫で付けられていた。声を聞いていなければひかりも、男性と勘ちがいしていたかも知れない。


「大丈夫ですか? スマホ?」ひかりは訊いた。


「え? ああ、これくらいなら大丈夫ですよ」相手は応えた。ひかりの顔を見て、すこし首を傾げたが、「あなたも大丈夫ですか?」


 きっとひかりが、ドレスも着ていなければ高校の制服も着ておらず、まるで家から抜け出して来たような私服とメイクだったからだろう。それでもすこし首を傾げながら、


「まさかね」とその人物は考えた。「そろそろ開演時間だし」と。「主役がこんな所にいるはずないよね」と。


 そうして、それからその人物・山岸まひろは、ひかりが特にケガなどしていないことを確かめると、


「ごめんね、ぶつかっちゃって」ふたたびスマホを見ながら歩き出した。


 彼女もひかりも向かう教室は一緒だったが、彼女は、文化祭のページに上げられていた地図に従いそちらに向かい、ひかりは、学生たちしか知らない近道を通ってそちらに向かおうとしていたのである。とここで、


「あの、」ひかりがまひろを呼び止めた。「今日はどうしてここに?」何故だか、どこかで会ったような気がした。


「え?」まひろはふり返った。こちらもなんだか、なにかどこかで会ったかな? と奇妙な感じを覚えながら、だけれどなにかは分からないまま、「あー、その、姪っ子? が劇をやるそうなので、それを見に」


 それからふたりは、しばらく黙って、見詰め合っていたのだが、


「ね、ねえ、」とひかりの手を引く風見千尋の声に同時にふたりハッとなると、


「そ、そうだね、ごめん。いそがなきゃ」と先ずはひかりが顔をそむけ、


「そしたら、僕も急ぐので」と続いてまひろも歩き出した。「文化祭、たのしんでね」


「え、ええ」ひかりは応えた。「あなたもね」


 くり返しになるが、ここでの出会いがなかったら、祝部ひかりは舞台に間に合っていたかも知れないし、友人をひとり失くすこともなかったかも知れないし、またその代わりに、彼女の方が命を落としていたかも知れなかった。



(続く)

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