表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第九話「あるものすべてはうつくしく。」
148/171

その9


 それから、急に天気は悪くなった。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 と、とおくの空では雷も鳴り始め、樫山ヤスコは、歩く速度を少し上げた。彼女は花盛りの家を出て、自宅へと戻るところだった。今日あった出来事を想い出しながら。そう、それは先ずは、


「奥さまもお待ちかねですよ」


 と言われて通された家の中に、問題の“奥さま”がいなかったことだった。いや、厳密には、彼女の遺灰と仮位牌がヤスコを待っていた――あ、いや、もっと厳密には、それでもやはり、彼女はヤスコを待っていたのだが、ただ、そのことにヤスコは気付けけないでいた――のだが。彼女は続けて想い出す。


「ひい、ふう、みい……三日前? いや、四日前? ですか」


 と、赤い顔の男が言っていたことを。会ったことのない“奥さま”に手を合わせ、そちらをふり向いたヤスコに言って来たことを。彼は続けた。いつの間にか現われたソファへ座るよう促しながら――「紅茶にお砂糖は?」


 ヤスコは小さく首をふった。男は答えた――「そうでしたな」


「それでは、お茶菓子をどうぞ」男は続けた。大きな黒い手に、不釣り合いなほど小さなクッキーやマドレーヌを出しながら、「昨日のものがいくらか残っていますので」


「それでは」ヤスコは訊いた。座ったソファの感触に何故か既知感を覚えながら、「ご葬儀は昨日?」


 男は答えた。「身内だけで、しめやかに」それからすこし苦笑して、「なのに何故だか、近所の方々も入れ替わり立ち替わり来られましてね」と一瞬ヤスコの顔を見て、「ヤスコさまもお呼びすべきと言ったのですが」――が、最後の言葉は言わずに飲み込んだ。


 ふたたびヤスコは訊いた――ひょっとして、


「ひょっとして、お身内の方に、“まひろさん”と言われる方はいませんか? わかい、咲子さんのお孫さんか、それより下か――」


「ええ、はい」男は答えた。途端に饒舌になりながら、だけれど声のトーンには十分注意を払いながら、


「咲子さまのお孫さまのひとりで、かわいらしい、わかい頃の咲子さまによく似たお嬢さまで――」と虚実を入り混ぜ、話の中心には空白が出来るよう工夫して。それは彼の得意分野だったから。


「そもそも私と咲子さまの出会いは」とか、


「私こう見えてもある組織では結構なお役目を」とか、


「ひとの赤ん坊というのはなかなかどうして興味深い生き物でしてな、私も何度かお世話を、それこそミルクやオムツのお世話なんかもしたことはありますが」とか、云々。


 意味のあることないこと、本当に意味があるのかないのかよく分からないことを、延々、延々、えーんえん。と語るのであった。そうして、この止まらないおしゃべりにヤスコは、


「ええ」とか、


「はい」とか、


「え? それはこういうことですか?」とか、


 こちらも云々かんぬん適当に相槌を打っては興味深そうな部分を――今後の仕事に役立ちそうな部分を――適宜頭のメモ帳に書き込んでは保存していた。


 無論これも職業病なのだろうが、ヤスコのこの適当な相槌、聞き上手な態度には相手のお喋りを加速させる効果があり、男は更にいよいよ饒舌に、このまま何時間でも何十時間でも何百時間でも噓八百を並べ立てることになりそうだった――が、いよいよしびれを切らしたのだろう誰かが、


『ちょいと不破さん、話がそれ過ぎてるよ』


 と、どこからともなく彼の長広舌をとがめたため、


「え? あ、はい。そうそう、そうでしたな」男は途端にお喋りを止めた。「ヤスコさま?」


 と、彼のお喋りになかば催眠状態のようになっていたヤスコに向かって、これまた突然に――きょう来られたのは、


「きょう来られたのは、お母さまのヒトミさま、それに夢に出て来た知らない誰か、それに、お父さまが残された手帳――というか『リスト』について、咲子さまがなにか知っていたのでは? と考えられたからですよね」と。


 そうして――?


     *


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 と、とおくの空で雷が鳴って、祝部ひかりはそちらをふり返った。文化祭は想像以上の大盛況で、校内には知っている顔も知らない顔もいっぱい来ていた。皆すこし浮かれながら、皆いつもよりすこし垢ぬけた格好で。そのため彼女は、いまの自分の姿――部屋着に青いジャケットを羽織っただけのもの――を想い出すと急に恥ずかしくなったのか、教室に行く前に、かすみ達に会う前に、せめて髪型だけでもと、ひとごみから少し離れたトイレで用を足し、髪を直しているところだった。


「うーん?」


 鏡にうつった自分はあまり見られた格好ではなかったが、それでも頬は上気していた。ニヤついているのが分かった。


「あっ! カップルだ!」


「かけおちよ! かけおち!」


 さっきの子どもたちの声が想い出された。恥ずかしさでその場にしゃがみ込みそうになったが、いやいやいやいやいやいや、いまはこれ以上、時間を潰しているひまはない。朱央とのことは、彼への気持ちは、また後で考えることにしなくては。


「よし!」と叫んで気持ちを切り替えた。


 鏡の中の自分はひき続き、あまり見られた格好ではなかったが、それでも、いまはとにかく教室に、先名かすみの下に向かわないといけない。いけないのだが、ここで、


「あのー」と鏡の奥で誰かが言った。「いま、だいじょうぶ? 祝部さん?」


 学園祭の出し物だろうか、トランプカード(スペードの2)に扮した風見千尋――昨日ひかりがケガをさせてしまった女の子――がこまった顔でそこに立っていた。


     *


「よーやく見つけたぞ、この色男」


 と、それと丁度同じころ、清水朱央は、とても柔らかく甘ったるい声に後ろから襟首をつかまれていた。「ひかりちゃ――ひかりさんはどこだ?」


 ここは、ひかりが入っているトイレから7~8mほど離れた場所。ひと気の少ないうす暗い廊下と、ひとが行き交う明るい廊下の突き当り部分。声を掛けて来たのはもちろん、祝部優太の部下、小紫かおるであった。朱央はゆっくり、彼の方をふり返ろうとして、


「あー、いい、こっちは見るな」というかおるの声にそのまま動けなくなってしまった。動けなくさせらされてしまった。かおるは続けた。「見るのもダメだし、しゃべるのもナシだ。ただでさえ面倒なところにお前がひかりさんを連れ出しちまったせいでこちとら色々迷惑してんだ。イエスかノーかで質問するから、イエスなら首を縦に、ノーなら首を横に振りな――分かったか?」


 すると朱央は、聞きたいことは色々あったが、それでも、口を開くことが出来ず、ただ首をタテに振るだけであった、


「よし」かおるは言うと、廊下を行き交う人たちの目線が気になったのか、「あー、その前に。数歩下がるぞ――いくぞ、いち、にい、さん」


 と、うす暗い廊下の方へと数mほど引っ込んだ。うしろ向きに。もちろん朱央も一緒に――一歩、二歩、三歩、と。


 言われるがままに動く自身の体に、清水朱央は不思議さを感じていたが、それでも声は出せず、口を開くことすら出来なかった――いったいこれは?


「あー、まあ、心配するな」かおるが応えた。彼の不安を察知したのか、「ひかりさんのお友だちだしな。いまのこの記憶は、後遺症のないように、あとで同僚に消してもらうさ」


 と、彼なりの優しさを表したつもりだった――が、これが悪かった。


「いいか? お前に訊きたいのは、ひかりさんがいまどこにいるかだけだ。それだけ教えてくれたら、彼女は俺が無事家まで連れて帰るし、お前はお前で家に帰って今日のことはすっかり忘れて、明日からまたいつもの――」


 と、かおるの説明が終わる前に、


 ダッ!


 と、朱央は走り出していたからである。人が大勢通る、明るい廊下の方へ。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ