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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第九話「あるものすべてはうつくしく。」
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その7


 そうして結局、舞台は大成功した。


 もちろん、急遽ロミオ役に復帰した内海祥平の演技に不安がなかったわけでもなかったが、それは裏方のフォローと、そうしてなにより、こんな事態を引き起こしてしまったという彼自身の後悔と反省が大きかったためだろう、彼は――それはまさに奇跡と言ってよい出来事だったが――驚異的な集中力と自己抑制能力を発揮、一回のトチリもなく見事舞台を勤め上げたのであった。


 が、あ、いや、これももちろん、内海祥平の働きが素晴らしいものであったのは確かだが、それだけでは「大成功」とはとても書けなかった。何故なら、本当に素晴らしく、驚異的であったのは、改めてジュリエット姫となった、我らが先名かすみであったから。


「“どうか月には誓わないで。あの変わりやすい月には。そのかたちを日々刻々と変えていくあの月には。なぜなら、あの月と同じように、あなたの愛も変わりやすくなるかも知れないから。”」


 祝部ひかりの欠番が決まった直後、クラス担当の石田文子が提示した案は、かすみはそのままロミオを、ひかりの代役は、以前候補に上がったことのある女子生徒の中から誰かひとりを選ぼう、と言うものであった。であったが、これをハッキリと拒否したのは先名かすみ本人であった。


「“どうかお父さまを否定し、そのお名前をお捨て下さい。もしもそれが出来ぬのなら、私への愛をお誓い下さい。そうすれば、私が代わりに、キャピュレットの名を捨てましょう。”」


 ひかり用に直していたドレスの裾丈を改めて自分用のものへと戻し、彼女のことを想いつつそれを着た彼女の姿は、まさに、シェイクスピアが想像したであろう、光のようなジュリエット姫そのものであった。


「“私のロミオを下さい。そうして私が死ぬとき、彼を小さな星の欠けらにして下さい。彼は天を明るくし、世界中が夜を愛することになるでしょう。”」


 観客は皆、彼女の演技にほれ込んで――いや、飲み込まれていた。それは高校の文化祭のレベルをはるかに超えていた。すくなくとも、彼女ひとりだけは。かすみは続ける。


「“私の唯一の愛が! 私の唯一の憎しみから生まれた! 早く見たが知らず、知った時には遅すぎた! 愛の驚異的な誕生は、憎むべき敵を愛さなければならないことです!”」


 公演は計三回。いわゆる見せ場部分をナレーションを介して繋げて行くというダイジェスト的な舞台であったが、にも関わらず、教室を改造したその観客席には、初回こそは半分ほどの入りであったが、うわさがうわさを呼び、二回目の公演ですでに席は満席、それどころか、前の廊下にも、ひと目彼女を見ようと集った観客が、黒いひと山の人だかりを作り出す結果になった。そうして、


「“さあ、これがあなたの鞘よ。どうかそこで錆びて、私を死なせて。”」


 と、とうとうジュリエットの死の場面となると、教室内は、その周囲も含めて、水を打ったような静けさとなり、皆がみな涙をながし、声を漏らしそうになった。が、しかし、それでも彼らは皆がみな、自身の涙やため息が舞台を汚してはならぬと、それを壊してはならぬと、かたくそれを押し止めるのであった。かすみはつぶやく。ここにはいない彼女を想って、


「“ああ、ロミオ、まだ唇が温かいのね。私の感じていること、考えていること、すべてなくなっても、二度と、二度とこの地球に戻って来ることが出来なくても、私はきっと、あなたのそばに居るわ。ずっと、ずっと、ずうっと……あなたのそばに――お休みなさい、ロミオ。”」


 わぁああああああああああああああああああああああ!


 ジュリエットが床に倒れ込むが早いか、観客たちの間に大きな歓声と割れんばかりの拍手は起こった。この後もローレンス神父やヴェローナ大公のシーンがあるにも関わらず、である。


 彼女の死に、愛に、彼らは打つ手を、声を、止められなかった。いままさに現前した悲劇に、止めていた涙を、嗚咽を、感動の叫びを、上げられずにはいられなかったのである。


 わぁああああああああああああああああああああああ!


 万雷の拍手と歓声はいつまでも途切れることなく、結局舞台はそこで終わり、ライトはパッと落とされた。


 そうして、そんな彼らの横を、妙な顔をしながら、ひとりの男が通り過ぎることにもなった。


 男は背が高く、手足はひょろ長く、この学校の関係者にはあまり見えず、そうしてグレーのハンチング帽を被っていたが、その影に隠れた獣のような瞳は、舞台の上の先名かすみに向けられていた。


 そうして――?


     *


「え?」


 とそれからしばらくして祝部守希は、自宅の裏庭に不審な人影を見付けることになった。


 彼女はすぐに、護身用のバットを持ち出すと、スマートフォンの在り処を探したが見付からず、仕方がないので、最近では滅多に使わなくなった固定電話の子機に手を伸ばし、ふるえる手で110番を押そうとした。いま家には、一階にいる自分と、外出禁止で二階の自室に閉じこもったままの娘がひとりいるだけである。であるが――、


「あら?」


 と不審な人影の正体に気付くや否や彼女は、すぐにバットをその場に下ろし、電話の子機も、元の位置へとカチャッと戻した。不審な人影は、どこから持って来たのだろうか、アルミ製の小さなはしごで家の壁を、娘の部屋がある、ちょうど真下のその壁を、おっかなびっくり、ふるえながら登って行くのであった。彼女はわらい、吹き出しそうになったが、逆に彼に気付かれてはならないと、必死にそれをこらえることにした。不審な人影の正体は、彼女もよく知る男の子、清水朱央であった。


 そうして――?


     *


 コンコン、コンコン。


 と、それから程なくして彼女の窓は叩かれた。が、窓の向こうの彼女は寝ているのか気付かないのかそれに反応しなかった。


 コンコンッ、コンコンッ。


 と、ふたたび彼は窓を叩いた。今度はすこし強めに。が、しかし、それにも彼女は反応しなかった。仕方がないので彼は、更に強く彼女の窓を叩こうとした。が、そこに、


「ひかり、はいるわよ」


 と、この家の夫人が娘の部屋のドアを開け、そこへはいって来た。彼は咄嗟に頭を下げたが、窓枠をつかんだその左手は、夫人にはっきり見えていた。


「やれやれ」


 夫人は想うとため息を吐き、ベッドで寝ている、ふてくされている娘の背中にその右手を置いた。軽く。


「ちょっとひかり、起きてるんでしょ?」


 夫人は続けた。娘からの応答はなかったけれど、それは無視して、


「お母さんちょっとお買い物に行って来ますからね、お留守番お願いするわよ」と。


 ひき続き娘は応えなかったが、それでも夫人はこう言った。


「一応言っておきますけどね。お母さんがいないからって、お父さんの言い付けを無視して、家から出たりしたらいけませんからね」


 娘の背中が硬くなり、何かを言い返そうとしている様子だったが、それを抑え込むように夫人は続けた。


「けっして、誰が迎えに来ようとも、どこにも、とくに文化祭なんかには、決して行ってはいけませんからね」と。


「分かってるわよ」とうとう娘は応えた。ふてくされた声で、枕に顔を埋めたまま、「きょう一日は、なにがあっても、家から出ちゃダメなんでしょ?」


「そうね、そのとおりね」夫人も応えた。吹き出しそうになる自分を、必死で抑えながら、「だから、お留守番お願いね」


「分かったわよ」娘は応えた。引き続きふてくされた声で、「いってらっしゃい」それでも一応、「気を付けてね」と母親に向かって。


 そうして夫人は部屋を出た。出る直前ふり返り、


「どうでもいいけど、この部屋空気が悪いわよ、窓でも開けたら?」と言った。


「いい、どうせどこにもいけないし」娘は応えた。


「いいから。すこしは気分も晴れるかもよ」


「うっるさいなあ、あとで開けるわよ」


「そうね、私が出て行ってからでいいから、開けて頂戴」


「はいはいはいはい」


 そうして夫人は、今度は本当に、娘の部屋を出て行った。にやにやにやと笑いながら。すこし浮かれて、浮足立って、すばやく、静かに、スキップなんかを踏みながら、そのまま階段を下りて行った。


 夫人の足音が遠のくのに合わせるように娘は起き上がると、窓の方へと向かって行った。ゆっくりとではあるが、彼女は彼女で、この部屋の詰まったような空気にうんざりしていたのである――とここで、


 コンコン、コンコン、コンコン。


 とみたび、誰かが彼女の『窓』を叩いた。


「……朱央?」おどろいた声で娘は言った。


「や、やあ、」彼は応えた。夕暮れ近付く空の下、いまにも倒れそうなはしごの上で、「開けてくれないかな? 窓。先名さんに頼まれたんだ」


 そうして――?



(続く)

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