その4
「ダメだ! 明日は一日うちにいろ!」と、祝部優太は叫んでいた。有無を言わせぬ口調で。すると、
「そんな! 明日は本番なのよ?!」と、祝部ひかりも叫び返していた。いつもの彼女らしくない、頑固で一歩も引かない口調で。優太が返した。
「本番もなにも関係ない。事件にならなかったからいいようなものを、相手の子はケガまでしたそうじゃないか」
「でもそれはかすり傷だし、そもそもは風見さんが私たち、いや私に……、その……、変なことを言って来たからで――」
「だからと言って手を出していい理由にはならん。そもそもお前、最近すこし浮かれ過ぎなんじゃないか? 勉強もおろそかにして、帰りも遅いとお母さんから――」
「だから、それは文化祭の準備で」
「なら、余計に行かせられないな」
「お父さん!」
「うるさい! 部屋に戻ってなさい!」
そうしてそれからふたりは、無言のまましばらくにらみ合っていたのだが、目からなみだが落ちそうになっていることに気付いたのだろうかひかりが、
「ふん!」とひと声、「お父さんなんて、大っ嫌い!」
そう叫んで二階へ上がり、このやり取りは終わりとなった。それから、
バタンッ!
という大きく扉を閉める音がして、ここでようやく、優太の妻・守希が彼に声をかけた――ちょっと、あなた。
「ちょっと、あなた。いくらなんでもいまの言い方はないんじゃない?」
「あれくらい言わんと分からんよ」優太は答えた。「いいか? 明日は絶対、家から、部屋からも出すんじゃないぞ」
彼にしては珍しい、有無を言わせぬ口調であった。そうして、
「あなた」と新たな反論を試みようとして守希は、不意にその口をつぐんでしまった――果たして、「果たして、本当に、そこまでするほどのことなのだろうか?」と。
うん。少し時間を戻してみよう。
*
「祝部さんッ! 先名さんッ!」
と、前回更新分で、劇の最終調整の最中、担任の石田先生から叱られていた祝部ひかりと彼女の友人・先名かすみであったが、それでも彼らは、悪びれる風もなく、
「ほら、しかられた」とか、
「さきに笑ったの、かすみちゃんじゃない」とつぶやき合っては、
「あーっはっはっはっはっは」ふたり同時に呵々大笑、ふたたび石田先生に、
「先名さんッ! 祝部さんッ!」と教室の外で頭を冷やしてくるよう言われたのであった。
「あんなに怒鳴らなくたってもいいのにね」
ひかりは言った。ジュリエットの衣装を着たまま、かすみの前を地面から3mmほど浮かんだまま、ふわふわふわ。と歩きながら。
「ま、ちょっと悪ノリが過ぎたかもね」
かすみは応えた。ひかりのうしろを歩きながら、このままだと渡り廊下に出るなと想いながら、前を行くひかりを、まるで天使みたいだな、そう想いながら。
「でも、たっのしいよね」
くるり。とこちらをふり向きひかりは言った。夕暮れが、もうすぐそこまで近付いていたためだろうか、そこここの教室からは、明日のためのざわめきやささやき、希望の声なんかが聞こえていた。かすみはほほ笑んだ。
「うん。とっても楽しい」
やっぱり彼女を、まるで天使みたいだな、そう想いながら――しかし、
「内海くんのことは」
と、すこしためらいがちにかすみは続けた。言うつもりはなかったけれど、この楽しい時間を壊したくはなかったけれど、それでも、
「やっぱり、なんか……」
なんと言ってよいかは分からないが、それでも、急に劇を降りることになってしまった、奇妙な現象に巻き込まれ一部の記憶を失くしてしまった彼のことが、どうしても気になっていた――が、しかし、ここでかすみは、
「しまった」
と、そう想うことにもなった。
何故ならひとつは、彼の名前を出した瞬間、浮かんでいたひかりの足が地に堕ちてしまったからだし、またもうひとつは、彼女たちの進む方向、渡り廊下に通じる向こうに、問題の内海くん――内海祥平と、彼の幼なじみである風見千尋の姿が見えていたからである。そうして――、
*
「すごいな、奇跡みたいだ」
と、そうしてペトロ・コスタは驚いていた。
もちろん彼も現代人なので、スマホやネットやパソコンなんかも普通に使ったりはするが、まさかここまでのことが出来る未来が来ているとは想ってもいなかった。彼はくり返した。
「すごいな、ほんと、奇跡みたいだ」
すると、この言葉にアーサー・ウォーカーは、そのちいさな右手を伯父のパソコンにかざすと、今度は反対の左手ひと差し指を、同じく伯父のスマートフォンへと当てた。彼は言った。
「なに言ってんだよ、おじさん」と。ペトロの方をふり向きながら、「おじさんは空を歩けるじゃないか」
彼はいま、伯父のパソコンを使い、前に書いた街中の監視カメラ、その映像と位置をリンクさせてはマッピング、地図アプリに落とし込むと、いつでも見られる状態にした上で、それをペトロのスマートフォンにコピーしているところであった。しかも、
「遅いし、変換がめんどくさいからね」
との理由で、ケーブルもブルートゥースも使わずに。ペトロが続けた。
「いや、しかし、お前、これは」
と、やはりそれでも驚いた様子で。
自分は料理人で学もないからよく分からないが、アーサーが作った? 設定した? この地図は、監視カメラとの同期はもちろん、どうやらそのカメラにマリサが映った場合は自動でその画像を切り取り保存、スマホを揺らしこちらに報せてくれるらしいのだが――、
「いったいこんなの、どこで習ったんだ? 学校か?」ペトロは訊く。質問の間抜けさに自分でも気付いたのか、「いや、小学校で教えていい内容じゃないな」
「みんなが教えてくれるんだよ」アーサーは答えた。コピーの終わったスマホをペトロに返し、彼のノーパソは自分のバックパックに押し込みながら、「よし! 準備完了!」と。
「お、おお……」ペトロは訊いた。甥に少々気圧されながら、「“みんな”……って?」
が、しかし、この質問に甥は答えず立ち上がると、
「いこう! おじさん!」と右手の拳を彼へと向けた。「僕らでおばさんを救けるんだ!」
(続く)




