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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第八話「エジプト人のようにあるこう。」
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その17


 例えば、夜空を見上げていて、フッとすべてが消え去ってしまったところを想像してみて欲しい。


 月も、星も、街の灯かりも、風のささやき、草の香り、どこかの誰かのくすくす笑い、そう言ったものすべてが――って、あ、いや、ひょっとすると、それでは足りないのかも知れない。


 圧倒的な暗闇、断絶、自分の立っている場所が崩され、自分自身も闇に、虚ろに、変換されていく感触――うん。そっちの方が近いのかも知れない。


 そう。


 例えば人は、時々、こんなことを言う。


「機嫌の悪い人が近くにいると、こちらの機嫌も悪くなる」とか、


「病んでいる人が近くに来ると、こちらも段々病んでくる」とか。


 しかしこれは本来、そのひと自身の痛みや悩みや苦しみが相手の姿に共鳴しているだけのことであって、実は相手のせいではない。


 なので、その証拠に、自身の中に痛みや悩みや苦しみをあまり持っていないひとは、それらを多く持っているひとよりも前述のような状況になることは少ないし、そもそも「普通の人間」にそこまで他者の心や脳に影響を及ぼすだけの力が備わっているはずもない。


 が、だからこそ、いま現在の問題は、佐倉八千代という少女が、所謂その「普通の人間」ではない、という点にある。


 彼女には、先祖から受け継いだ、あまりにも強く、抗し難く、美しくも恐ろしい精神感応の力があった。


 そう。


 タガの外れた彼女の能力は、彼女の意思などまったく無視して、周囲の人間に、ありとあらゆる生物の脳みそに、直接、間接、あらゆる方法でもって、彼女の気分、想念、こころの奥の暗いナニカを侵入させ、もぐり込ませ、相手の中の痛みや悩みや苦しみと共鳴させることが出来た。増幅させ、意識を奪い去って行くことが出来た。


 いや、もちろん、これがポジティブな方向に働くことも多い。何故なら彼女は、いつも笑っていたから。彼女の、言わば必要以上の陽気さ呑気さは、周囲の人間の正の部分を共鳴させ、増幅させ、意識を快活なものとしていた。


 が、しかし、いまはちがった。


 森永久美子の無残な遺体を目にしてしまった彼女に、彼女の能力に、周囲の人間を気にする余裕などあるはずがなかった。風が吹き、樹々は揺れ、嵐が訪れた。


 そう。


 先ず、その嵐に呑み込まれたのは、現場検証のためにその場を訪れていた石神井東警察署の刑事や警察官であり、その周囲の野次馬連中であった。


 彼らの意識の足もとは崩れ、境界線は消え去り、闇と虚ろが彼らを包んだ。


 そう。


 そうして次に、その嵐に呑み込まれたのは、そのとき公園にいた無辜の人たちであり、そこに棲む鳥たちであった。彼らの意識は消え去り、嵐は拡がり続けた。呼吸をする間もなく。沈黙の井戸にひびき渡る稲光のように。増え続けるガン細胞のように。人や動物だけでなく、あらゆる電子機器類にすら影響を及ぼしながら、彼女の周囲およそ半径1kmを、丁度正確に、49.57秒の間。すべての人やモノを呑み込――あ、いや、ある特定の三名を除いて――呑み込みながら。


 そう。


 そのひとりとは、樫山ヤスコであった。


 このとき彼女は、先述した彼女の能力――『あらゆる時空に繋がる能力』――により、その心と精神をこの地から離し、八千代が起こした嵐に巻き込まれることがなかったから。


 そう。


 そうしてそのもうひとりとは、木花エマであった。


 もちろん彼女に、例えばヤスコやそれこそ八千代のような特殊能力は与えられていなかったが、しかし、それでも彼女が嵐に巻き込まれるようなことはなかった。


 その理由のひとつは、彼女がその時いた場所にあった。


 何故なら、このとき彼女は、暴走を始めようとする八千代に気付くと、彼女の手を取り抱きしめ落ち着かせようと彼女に駆け寄っていたからである。


 もちろんこの試みは、先ほどお見せしたとおり、あと数センチのところで間に合わなかったのだけれど、それが逆に、逃げるのではなく抱きしめようとしたことが逆に、彼女をこの嵐から助けたのである。八千代に極端に近付いたおかげで彼女は、嵐の中心、台風の目、精神波の届かない位置に入ることが出来たのだから。


 そうしてまた、もうひとつの理由――これこそが彼女を、祝部優太同様まったくの普通人である彼女を、この物語に登場させ続けている理由のひとつでもあるのだが――それは、彼女が佐倉八千代の無二の親友であることだった。


 彼女には分かっていた。いくら八千代が負の感情を吐き出そうとも、それは彼女のこころのほんの一部にしか過ぎず、残りの彼女は本来とても善良で、希望にあふれ、どんな絶望をも乗り越えられる力を持っていたから。あのおじいさんだって言っていたではないか――もし、この地獄に、


「もし、この地獄に、希望というものがあるのなら、それはきっと、お嬢さんのようなかたちをしているんだろうな」と。


「ヤッチ!!!」


 彼女は叫んだ。幾度目となるかもう分からないが、それでも。嵐の中心で、負の意識の大風に外へ外へと弾き飛ばされそうになりながらも、彼女を救えるのは自分しかいない、そう、まるで修道女のように想い、祈りながら。が、しかし、


 ォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアアァアァアァ ォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアアァアァアァ ォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアアァアァアァ ォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァァアァアアォァアァアァアァアァアァ


 と、沈黙の音は拡がり続け強まり続けており、いくら彼女の意思をもってしても、その場に留まり続けること、しがみつき続けることが彼女に出来る精々であった――絶望が拡がった。


 共感は共感を呼ぶ。呼び続ける。八千代が開き共鳴させ増幅させた人々の中の痛みや悩みや苦しみも同じように、そこから更に他の人々の痛みや悩みや苦しみと共鳴し続け、拡がり続けていた。その速度までは分からない。


 が、しかし今回、たった49.57秒の間に、彼女は、その周囲半径約1kmの人々の記憶を機能停止にさせてしまった。もしこれがその後も続いていたとしたら、共鳴し続けた人々の怒りや悩みや苦しみは、早晩この街のすべてを覆い尽くしていてもおかしくなかったであろう。そう。もしこれが、その後も続いていたのなら――嵐に吞み込まれなかった人物は、もうひとりいた。


「まったく。流石にここまでとは聞いていませんよ、サキコさま」


 とここで、その「特定の三名」、最後のひとりは言った。人間どもには決して聞こえない声で、


「“こちら”の血を継ぐワケでも、“あちら”から来たワケでもない?」


 フンッ。


 と彼は鼻を鳴らした。背中の翼を静かに消して、ゆっくり地面に降り立ちながら、


「まあ、だからこそ、我々の希望? 切り札ともなるのでしょうが」


 暗い闇の中、そのあごひげはいよいよ玄く、その赤い肌は地獄のように明るく見えた。彼は、八千代が起こした嵐の中を、とても気持ちよさげに歩いていた。しかも、その中心に向かいながら、まるで、十年ぶりの故郷に戻って来た遠い旅人のように。軽いスキップでも踏みながら――が、しかし、


「こいつはこいつで気持ちはいいが、いまはあまりに都合がわるい」


 彼は続けた。何故なら、彼の居候先での通夜も葬儀もいまだ継続中であったから。


「“復活”まではもうちょいかかり」そうして、「“魔女の修行”は管轄外」であったから。


 フンッ。


 とふたたび、彼・不破友介は鼻を鳴らした。佐倉八千代の前に立ち、その意識も魂も見失い掛けているその憐れな顔にニヤッとしながら、それでも、暗くひかる両手を彼女のひたいに当てながら、


「しばらく眠りな、お嬢さん」やはりそれでも彼女のことを、少し憐れに想いながら、「お話はやっと、三分の一が終わったところだ」


 ヴォ。


 と、そうして小さな地震が彼らを揺らし、嵐は消えた。丁度、49.57秒の時点で。



(続く)

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