その13
そう。
そうして時間稼ぎの場面転換は続く。なにか手立てはないものか? そう作者は考えながら。
*
彼、祝部優太に特殊な能力は与えられていなかった。小紫かおるのように声と言葉でひとを操ることも出来なければ、左武文雄のようにひとの心を聴くことも、ましてや戸柱恵祐のように素手でものを燃やすようなことも出来るはずがなかった。
しかし、それでも彼にはこの仕事が合っていた。妙に。特殊な能力を持つ者を探し、保護し、時には味方に、場合によっては小紫や深山千島のように部下になってもらうこの仕事が。
それは彼の、奇妙な出来事にも柔軟に対処できる冷静な判断力あるいは胆力と、一風変わった彼ら能力者にも平等に接することの出来る優しさあるいは忍耐強さ、そうして、良い人間と悪い人間、あるいは正直者と噓吐きを彼独自の判断で見極められるその眼力、そうして倫理観によるところが大きかった。彼は言った。
「その女子高生は私の娘、ひかりである可能性が高いんです」
と、目の前にすわる石橋伊礼に向かって。互いに今日が初対面で、彼の見る『預言』とやらがどれだけ信用に足るものか分からないにも関わらず、である。なので当然、
「ちょっと、祝部さん」と小紫かおるは忠告する。彼に。彼の後ろに立ったまま、「いきなりそんな個人情報を――」
が、しかし、祝部優太には直観があった。前述の眼力ならびに倫理観でもって、目の前の男・石橋伊礼が正直者かつ良い人間であること、少なくとも、その彼が語った『預言』の内容に嘘はないだろうという直観が。彼は続けた。
「十七~八年前にも似たようなことがありました」と、かおるの忠告を左手で抑えて、「そのとき私は、あるひとを守れなかった」
どうして伊礼の名が“会社”のリストに上がっていないのか、その疑問は残っていたが、それでも彼が見たという『預言』の内容――夜の校舎、とおいざわめき、窓辺の月、風のいたずら、祭りのあと、磔刑に処された少女、「ああ、月の女神よ。あなたはなんて残酷なの?」――それを聞かされた優太に選択の余地はあまりなかった。
「彼女は灼かれた」少なくともそう聞いていた。「しかし、お腹の子は無事だった」それを“会社”が引き取り、「私と妻が、彼女を育てることになった」
石橋伊礼の名が“会社”のリストに載っていない理由。それは、佐倉八千代やカトリーヌ・ド・猪熊の名が“会社”のリストに載っていないのと同じ理由によるのだが、そのことを彼らはまだ知らない。
しかし、目の前の男が善人であることを優太は確信していたし、それがまったく普通の人間である彼をこの物語のキーパーソンにしていることも事実であった。彼は頭を下げた。深々と。初対面の石橋伊礼に向かって、
「お願いします。石橋先生」そこに演技や、会社人としての意図はなかった。「私は娘を、ひかりを失うわけにはいかないんです」どうか、力を貸して下さい。「もう一度、その『預言』を見て頂きたい」犯人へとつながる何かを、「どうか、探し出して頂きたい」
*
樫山ヤスコには生まれつき特殊な能力が与えられていた。とは言っても、そのことに彼女は無自覚だったし、“会社”のリストに載ることも無ければ、彼女の父や義母や弟、それに身近な友人・知人すら、彼女がそんなものを持っているとは夢にも想わなかったわけだけれど。彼女はつぶやいた。
「ちぇっ」と大量のお皿を洗いながら、「まーた、話の途中で行っちゃってさ」痙攣的タイムトラベラーとの付き合いには慣れているつもりだったが、それでも、「のこったおにぎりどうすんのよ?」と。ひと口かじって残されたバクダンおにぎりはテーブルの上で冷めかけていた。
「私の子ども?」ヤスコは続けた。おにぎりに手を出そうかとも想ったが、「姪っ子だけでも訳わからないのに」ラップでくるんで置いておくことにした。「さすがにそっちは、無理があるでしょ?」
前にも書いたが、彼女は女性同性愛者であった。男性と付き合ったこともなければ、例えば精子提供や、友人にそのお願いをするようなことももちろんなかった。
確かに。誰かの母親になってみたいという願望もないことはなかったが、それでも実母との関係や、これまでの恋人たちとの破局を想い出すとき、彼女は小さく首を横に振るしかなかった。
「ふん」ふたたび彼女はつぶやいた。「“リスト”ね」洗い物を終わらせ、電気を消し、ガランとした台所にため息を吐いてから、「“転生者たち”?」二階の書斎へと向かって行った。「私のジャンルじゃないのよね」
弟の詢吾は、マンガ家仲間にヘルプで呼ばれ、家を空けていた。ミスターが急に来て急に去って行ったせいもあるだろうが、せまい我が家がいやに広く見えた。
「“娘”ね」扉を開くと、うす暗い書斎の中で彼女のパソコンだけが明るく光っていた。例のプログラムはいまも黙々とその作業を続けているようだった。「この“リスト”の中に? どういうことよ」
相手のことはさておき、自身の年齢を考えるとき、彼女が子供を授かることの出来るタイムリミットも、もうすぐそこまで来ていた。
“リスト”には先ほど――夢に落ちる前、ミスターと再会する前――見かけたある人物の名前が、変換作業を終え、新たに付け加えられていた。
この名前は本来、佐倉八千代や樫山ヤスコの名前がリストに載らないのと同じ理由でここに付け加えられるはずのない名前であったが、きっと彼女が元々の発端であったことと関係してでもいるのだろう、他の名前とはちがい、はっきりと分かる文字でこう書かれていた――「“まひろ・ヤマギシ”?」そうして――、
*
「いえ、私も彼――彼女と会ったのは、あれが初めてです」
それと丁度同じころ、石橋伊礼は答えていた。祝部優太からの質問に、
「マンガ家のカトリーヌ・ド・猪熊先生から私のことを聞いたそうですが、樫山先生とは面識がない――あ、いや、一度、喫茶店かどこかで相席になったみたいなことは言っていましたが」と。
こちらはひき続き、優太たちの会社が持つビルの一室。伊礼は、先ほどの優太の依頼――というかお願い――に対して、義理であれ娘を想う父親の気持ちにこころ打たれたのだろうか、彼もまた善人だと悟ると、改めて、問題の『預言』を見てもよい旨の約束をしていた。
ただ、もちろん本来、彼の預言もミスターのタイムトラベル同様、ランダム的且つ行き当たりばったり的なものであったため、
「果たして、お望み通りに出来るかは分かりませんが――」
「それで構いません。なにかしらのヒントでも得られればよいのですから」
と、『預言』が来るのは待つこととして、それ以外に彼の記憶にあること、想い出せることを、もちろん行政書士の秘匿義務に抵触しない範囲で、彼らと会話、共有しようとしていたのである――小紫かおるの能力は、もう必要なかった。優太が直観したとおり、伊礼はやはり善人であったから。優太は訊いた。
「なるほど。すると、その山岸さんも石橋先生の『預言』には出て来られたんですか?」
が、この質問に伊礼はすこし戸惑うことになった。と言うのも、彼の見た『預言』の中で、彼女がはっきり出て来たことはなかったからだが、それでも、あの『世界の終わりの直前』のあのシーン、あの中心にいた人物、光あるいは炎のようなものに包まれたあの人物は、どうしても彼女によく似ている風にしか彼には想えなかったからである
「先生?」ふたたび優太が訊き、
「あ、いえ、すみません」と伊礼が応えようとした――瞬間、
プルルルルルル。
と部屋の片すみに置いた固定電話が鳴った。
作者の時間稼ぎも、そろそろ残り少なくなっていた。
(続く)




