その11
「今日、深山のやつは?」
左武文雄と戸柱恵祐が彼らの記憶にある女性――目と口が大きく、とにかくよく喋るあの女性――が共通して居ることに気付いた丁度そのころ、彼女の同僚というか仕事仲間である小紫かおるはこう訊いていた。誰に? 彼らの共通の雇い主で上司でもある祝部優太に。優太は応えた。
「他の調べものをしてもらってるよ」すこしからかうように、「どうした? さみしいか?」
左武文雄と戸柱恵祐の記憶に共通して居るある女性とは、もちろん、いまここで名前の出ている深山千島のことである。かおるは答えた。
「まさか」と鼻で笑い、「あいつがいると調子を狂わされますからね、いきなり来ないかの確認ですよ」
実際問題、小紫かおると深山千島の相性は悪かった。かおるは千島を男にしてより意地悪くしたような男だったし、千島はかおるを女にしてよりお喋りにしてより人を小ばかにするような女だったから。
「だったら安心しろ」優太は答えた。このふたりを部下に持つ苦労を改めて感じながら、「浦安の辺りまで行ってもらってるから、お客さまがいる時間には帰って来ないよ」
彼の苦労は、ふたりの性格によるところも大きかったが、その能力によるところは更に大きかった。
と言うのも、これは実際、ふたりを同時に動かしてみて初めて分かったことなのだが、かおるの能力は千島の、千島の能力はかおるの、それぞれの能力をある時は増加させ、またある時は減殺させてしまうからであった。
「なら、いいんですけどね」かおるは応え、それから後ろをふり向いた。「あの人、力の効きが弱くて、あいつがいたら解けてしまうか逆にかけ過ぎてしまうかも知れない」
彼の目線の先には、不思議な表情のまま机にすわる石橋伊礼の姿があった。ここは、彼らの会社が所有する、とあるビルの一室だった。
「解けるならまだしも、効き過ぎるのは危険ですからね」
小紫かおるの能力とは、これまでお見せしたとおり、その声と言葉で人を操る能力なワケだが、その力は使い方を誤ると相手の脳や心すら壊しかねない危険性をはらんでもいた。簡単に効く相手であればその用量を見誤ることも少ないが、効きにくい相手であれば逆に力を使い過ぎてしまうかも知れない。
「壊してはいないだろうな?」優太が訊いた。同じく伊礼の方を向きながら、声のトーンを落としながら。
「ええ、はい、それはもう」かおるは答えた。こちらも声のトーンを落としながら、「どこまで信じていいかは分かりませんがね。“未来が視える”やつなんて初めてですし、十分注意してご同行頂きましたよ」
「うん」すこし考え優太は応えた。つぶやくように、「たしかに、深山はいない方がいいな」
深山千島の能力については、これまではっきりとは書いて来なかったが、簡単に書くと、『能力者の能力を無効化あるいは逓減させる能力』であった。
それは例えば、左武文雄にこころの声を読ませないようにする能力であり、また例えば、彼女がその気になれば、戸柱恵祐の炎の能力すら抑え込めるような能力であった。
「うん」優太はくり返した。「やはりアイツは、いない方がいい」
というのも、先述した通り、小紫かおると深山千島は、それぞれがそれぞれの能力を増加あるいは減殺させる関係性にあったからであり、そのふたりが、正常モードのかおるの能力に対してすら不安定である伊礼の前に同時に出た場合、なにがどう働くか、どんな悪い作用を引き起こすか、見当も付かなかったからである。優太が訊いた。
「預言?」と苦笑し、すぐにそれを抑えてから、「本当にそう言ったのか?」
「ええ、もう、はっきり」かおるは答えた。こちらも少し苦笑して、「訊き返しましたからね、三度も」
正直、優太もそんな力は訊いたことがなかったし、また、そんな彼が言ったとされる内容は――公私ともに――優太には聞き逃せない内容であった。
「女子高生?」続けて優太は訊いた。
「はっきりとはしないそうですが」かおるは答えた。こちらも続けて、「そう、見えたそうです」
ここは、優太らの会社が所有するとあるビルの一室で、立地的には、伊礼が住む上石神井の町からほどよく離れた場所――大体、埼玉との県境付近――にあった。
「“ロミオとジュリエット”?」優太が訊いた。
「らしいです」かおるが答えた。
「そのジュリエットが殺される?」
「だ、そうです」
「うーん」
優太はうなった。預言とやらの是非はよく分からないが、もしそれが本当なら、それを見られる伊礼を壊すようなことは絶対に出来ない。何故なら、仕事もそうだが、それとは別の問題として、彼の娘、祝部ひかりが、高校の学園祭でジュリエットを演じる可能性があったからである。
「分かった」優太は続けた。「私も一緒に、あの先生の話を訊こう」
*
「それじゃあほんと、気を付けて帰って下さいね」
とこれとほとんど同じころ、佐倉八千代はそう言っていた。心配そうに背中をまるめ、森永久美子と同じ高さに目線を合わせて、そのため顔がより一層彼女の顔に近付いたが、それにはまったく頓着しない様子で、いつもの共感能力はどうなったのか、目の前の相手の動揺にも気付かぬ様子で、なのでそのため、その鈍さのせいで森永久美子は、
「え、ええ、ほんと、ほんと、ほんとにだいじょぶデスノデ……」
とおかしな語尾で答えることになるわけだし、一度は落ち着きを取り戻しかけていた彼女の顔もふたたび赤くなっていったわけであるが、そのため、
「あれ?」と更に八千代は顔を近づけ、「また赤くなってません? 顔?」
コツン。
と今度は――ほんとワザとじゃないんだよね? 八千代ちゃん?――彼女のおでこに自分のおでこを当てちゃったりもするもんだから、そりゃまあ、森永さんも大変で、
「え? は、はひ? ダッ、ダダンダ、ダンダ、ダンダ、ダッーーダイジョブデス!」
と両手を前に腰を引き、八千代から離れると、さらに赤くなっているであろう顔を見られないよう方向転換、下を向いたままそのまま、
「ご、ごちそうサマー、でしたッ!」と扉を開いて街へと出て行くのであった。そうして、
「あれ?」と八千代はひとり取り残され、「ほんと大丈夫かな?」と厨房にいる木花エマに声をかけることになるのだが、「風邪……とかじゃないよね? 森永さん」
「ウーーン?」とエマは応えた。一所懸命素知らぬふりで、「ターブン、チガウンじゃなーいかナーア」と一部カタカナ棒読みで、「お仕事オツカレなダケだと想いマスけどね、ハイ。ワタクシ、なにも存じませんし――」
と言うのも、前回登場時の彼女の余計な発言が、森永さんに、彼女が八千代ちゃんに対して抱いているホントの気持ち(仮)に気付かせるきっかけになっちゃったからであるし、それならそれで、そっちの意味で、ふたりが急接近とかしてくれたりしても、それはそれで全然結構なことなのだけれど――『仲良きことは美しきかな』――、ただ、そうは言っても、森永さんは森永さんで恋愛偏差値低そうだし、八千代は八千代で、恋愛なんかはどこへやら、ヒメリンゴマイマイ(カタツムリのことね)並みのにっぶい神経回路しか持ってねえ女で、さっきの森永さんの態度見たらさー、お察しのひとつやふたつ付いてくれてもよさそうなはずなのにさー、なーにが、
「風邪……とかじゃないよね?」
だよ、おでこコツンまでしておいてさあ、あーあ、鈍い鈍いとは想ってたけど、まっさかこっこまで鈍いとは、流石のこの木花エマも想っていなかったワケでさー、おかげでさー、
「ど、ど、ど、ど、どうしましょう? これ?」
と、そのままついつい『第四の壁』を突破、寝巻き姿で自宅作業中の作者に直接相談に来てしまうほどには動揺して――って、ごめん。あんま簡単に破らないでくれる? 壁。
「で、でもでもわたし、森永さんに気付かせた? 焚きつけた? そんな感じになってませんでした?」
あー、ねー、「応援してますから」なんて言っちゃってたもんね、君。森永くんの気持ちも確かめずに。
「だってー、絶対―、そうだろうなってー、想っちゃったんですもーん。あれー」
まあねー、そりゃあねー、あんだけきれいに(当社比150%アップ?)八千代ちゃん描いてたらねー、誤解したくもなるけどねー。
「でしょでしょでしょでしょ、勘ちがいしちゃいますよね、あれ? 仕方ないですよね? あれは勘ちがいしちゃいますよね? あれは!」
うーん? でも、単なる絵のモデルとしてきれいに見えただけかも知れないし……、
「いやいやいやいや、ってか、実際のところどーなんスか? 森永さん、ヤッチのことそういう風に見てたりしないんですか?」
は? いや、そんなこと僕に訊かれても分かんないよ。
「え? いや、でも、あなた、作者さんですよね? このお話の」
いくら作者でも、聞かされてもいない登場人物のこころの中までは分かんないよ。
「……そうなんですか?」
ほら、僕、登場人物とお話しながらお話組んで行くタイプの作者だから。
「はあ……? なんか、こう……、なんつーか、つっかえないんですね、作者のくせに」
はあ? いーやいやいや、君こそなんだよ、その場のノリと勢いで「応援してますから」なーんてニヤニヤニヤニヤ言っちゃってさあ。仮に森永くんがそうだったとして、八千代ちゃんがそうじゃなかったらどうするつもりだったんだよ。
「それは……、あー、でも、まあ、ヤッチならなんとかなるかな……? と」
は?
「ほらあの子、ナンダカンダで押しに弱いところありますし、情にもろい部分もありますから、我々で外堀埋めて、それから森永さんにじっくり追い詰めて貰えれば、結構簡単に落ち――」
あのね、エマちゃん。君、いま、シレッと「我々で」って言いやがったけどさ、作者的にはそんな人の恋路に介入したりとかは基本しないからね。
「え? そうなんですか?」
僕がやるのは観察で、お話を動かすのは、あくまで君たち登場人物。
「はあ……、あ、でもでもそれじゃあ、森永さんが実際いまどう想っているかとか感じているかとか、直接聞かないまでも、その観察とやらで推測出来たりはしないんですか?」
うん? あー、まあ、それくらいなら普通にやるけどさあ、心の声を聞いたりとか。
「ほらあ、だったらあれ、あれですよ。いますぐ森永さんを追いかけて行って、その観察ってやつをですね」
え? でも僕、このあと他のシーンに移動する予定なんだけど――、
「だからあ、そこをなんとかお願いしますよ! パーッと行って、ササッと様子だけ見て来て頂いて――」
えー、そんなことしたら、また余計な文字数書くことに――、
「お願いします! ほんと、一生のお願いですから! その結果を見て、私もどうするか考えますから!」
はあ……。
(続く)




