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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第八話「エジプト人のようにあるこう。」
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その10


 ジリリリリリリッ。


 という電話の音で樫山ヤスコは目を覚ました。頭を上げ、ゆっくり辺りを見回すと、そこはいつもの自分の部屋だった。電気を点け忘れ、部屋はうす暗く、パソコンの画面だけが明るかった。問題のプログラムはひき続き動き続けているようで、椅子の上で眠ったからだろうか、肩と背中が痛かった。そのため彼女は、室内に響くこのベルに、「はやく切れてくれないかなあ」と寝ぼけまなこでそう想い、しばらく無視していたのだが、


 ジリリリリリリッ。


 と電話のベルは鳴り続け、ふっと彼女は、不思議なことに想い至った。


『このベルは、どこから聞こえて来るのだろう?』


 この家に固定電話はひとつだけ。一階リビングの前に置かれたあれが鳴ってもこんな風には響かない。それにそもそも、こんな古風な呼び出し音にはしていない。


『あれ?』


 寝ぼけまなこを右手でふいて、樫山ヤスコは立ち上がった。改めて周囲を見回し、自身のスマートフォンを探そうとしたが、もちろんそちらも、こんな音にはしていなかった。


 ジリリリリリリッ。


 が、しかし、たしかにそれは、ベッドの脇で鳴っていた。小刻みに、青白く光りながら。


 ジリリリリリリッ。


 そうして、それでも彼女は手に取った。そのスマートフォンを。不思議だとは想いながら、


『※※※※‐※※』


 とスマホの画面には、なんだか知らない外国の名前が書かれていた。


 とすん。


 ベッドの上に腰を下ろすと彼女は――それは確かに、八度目か九度目のベルのときであったが――そのままその電話に出た。


「もしもし?」ミスターと初めて会った夜のことを想い出しながら、「どちらさまですか?」


『樫山さまでいらっしゃいますね?』相手が応えた。あの夜聞いた、ホテルの人と同じ声だった。『※※※※‐※※からお電話がはいっております』


「ごめんなさい」ヤスコは応えた。こう応えるのが正しいことのように想い、「きっと、ひと違いですよ」とだけ言って電話を切った。


 すると、まるでそこに、それに合わせたかのように、彼女の背後で、というか、うしろの天井のあたりで、


 バンッ!


 という大きな音、ナニカとナニカが激しくぶつかり合うような音がして、直後、


 ドサッ!


 という人の落ちる音、それに、


「いっててててててて」


 という腰と頭を打った男性の声が聞こえて来た。


「まったく」彼女は言った。そちらをふり返り、ほほ笑みながら、「もっと普通に来れないの? ミスター」


 そこには、いつものぼろぼろ服で横たわる、赤毛丸顔のエイリアンがいた。


     *


 奇妙なことに、右京海都が戻って来たとき、取調室の炎はすでに消えていた。熱も気配も匂いも含めて。そのため右京は、


 コトン。


 と不思議な顔で手にした消火器を床へと置くと、取調室の真ん中にすわるふたり――戸柱恵祐と左武文雄――へと視線を移した。彼らは机をはさんで向かい合い、手を取り合って小さくなにかを言い合っていた。最初、右京にはそれが何だか分からなかったが、この時彼らは、それぞれの記憶の確認をし合っていたのである。


 ふぅーーーーーん。


 部屋はすずしく、天井の空調はいつもの調子を取り戻していた。彼らの両目はかたく閉じられていた。


「おい、こら、右京」突然、彼のうしろで声がした。「火事はどこだ?」


 声の主は右京の同僚のひとりで、彼も、右京の呼びかけに消火器片手でここまでやって来たかたちであった――が、やはり火の気はない。すると、


「すみません、脇田さん、右京さん」とここで、部屋の隅に隠れるように座る小張千秋が彼らに声をかけた。ささやくような小さな声で、「どうやら私の勘ちがいのようでした。問題ありません。大丈夫です」


「え?」脇田が応えた。「でも署長?」と彼女につられてささやく声で、「右京の話じゃ、なにかが燃えたって」


「それも、私の勘ちがいでした」小張は言った。


「へ? いや、見たのは右京ですよね?」脇田が続けた。そうして、


「だったらそれは、右京さんの見間違いです」と小張が返し、


「は?」と言って脇田は固まった。少しのあいだ小張と顔を見合わせていたが、


「ですので」一瞬はやく小張に言われた。「もう、全然、お仕事に戻って頂いて大丈夫です。はい」と慣れない感じの微笑とともに。


 すると、この笑顔と声のテンションに脇田も、


『あ、これ、関わらん方がエエやつや』と職業警察官的本能が発動、『左武と右京に任せとこ』と、そのままそそくさとその場を立ち去ることになるのであった――「君子危うきに近寄らずやで」とかなんとかつぶやきながら。


 もちろん。この「危うき」とは、面倒な事件ばかりを引き寄せるトラブルメーカー小張千秋のことであり、そのため彼は、


「おーい、みんな、しばらく七番の取調室には近付かんように」と他の署員にも伝えることになった。「なんや小張さんの目がキラッキラしとったで」と。


 と、言うことで。


「なにがどうなったんですか?」と右京海都は訊いた。脇田がいなくなるのを待ってから、小声で、「というか被害は? ないんですか?」


「捜査資料と私のノートがちょっとだけ」小張千秋は答えた。彼に隣に来るよう指示しながら、「ほら、見事にこげてるでしょ?」


 そう言って彼女が見せたノートは、開いていたページの四分の一ほどが黒くこげ、捜査資料の方は、ファイルの表紙がまるっと赤くこげていた。


「写真は?」右京が訊いた。さらに声をひそませながら、「あれが最初でしたよね?」


 この質問に小張は、目をテーブルの上に向けることで応えた。


「あ、」と右京はつぶやき、訊いたことを後悔した。


 テーブルの上、恵祐の手のすぐ下に、白と黒の灰の小山は出来ていた。


「種類にもよりますが」小張がつぶやいた。「上質紙の発火点はおよそ450度前後」


 と、話題を変えようとしたのだろうが、


「戸柱さんの言うとおり、電子レンジと同じ理屈だったとしても、あちらはせいぜい180度とか230度とか。しかも彼は、触れていない私のノートすらこがした。これが無意識の暴走のせいなのか? それとも意識すればもっと強い力が出せるのか?」


 と、如何せん、どうやら好奇心の方が勝つらしく、とうとう最後には、


「いやはや、なんとも興味深い、人体実験したくなりそうな個体ですなあ……」


 と、揉み手&舌なめずりでもっとやばそうな発言をし出しそうな彼女であった。であったが、


「あ、いや、小張さん?」と流石に困惑顔の右京にその発現は止められた。「“人体実験”は、あまりに言葉が――」


 で、まあ、こんな風だから、彼女と組むメンバーは限られてしまい、毎回毎回、左武や右京にそのお鉢が回って来るワケなのだが――それはさておき。


「それはさておき」右京は続けた。それ以前の問題として、「どうやって戸柱の暴走を止めたんですか?」


 戸柱恵祐の暴走を止めたのは、左武文雄の両手だった。と言うより、彼を信じて、彼の右手を握った彼の両手だった。


「私もおどろきましたけどね」小張は応えた。ささやくような小さな声で、「右京さんがあっちに行った直後、左武さんが戸柱さんの手を握ったんです」


 その時、戸柱恵祐の手の中では、彼の母親の写真が、いままさに燃え上がっているところであった。が、


「500度? 600度? ふつう、そんなところに手は出しませんよね」


 しかし左武には確信があった。恵祐に敵意や悪意はなく、怒りと混乱があるだけだと。そうしてそれが、彼の本意ではないことも。


「左武さん曰く、戸柱さんは“根っからの善人”なんだそうです」


 石神井公園で彼を見付けてからこっち、左武はずっと、彼のこころの声を聴き、その感情に触れ続けていたため、それが分かったのだという。


「お母さんのことは残念だが」左武は言った。


 握った恵祐の手は柔らかく温かく、世界を燃やし尽くせるような人間の手にはどうしても想えなかった。彼は続けた。


「犯人は、必ず俺たちが見付けてやる」


 しかし、その為にも、ここで恵祐が暴走してしまっては仕方がない。続けて彼は聴いた。恵祐のこころの声を。耳を澄ませて。それはあまりにも地獄であったが、それでも。


「話してくれていいんだぞ、俺でよければな」


 といつかの自分が、いまの自分ではない自分が、あの少女に、いや、年配の看護師に、聴いて貰っていたように。


「実は――」


 恵祐は語り始めた。席に着き、目を閉じ、それでも左武の方を向いたまま。『炎の時』は訪れなかった。取り敢えず、いまのところは。


「母が――」彼は言い、「父はずっと前に」彼は語った。


 職場で、学校で、この世界の片すみで起こったことを、誰にも気付かれず起こり続けていたことを、彼は語った。オチもなければ脈略もない話し方だったが、それでも、それらはすべて真実であり、左武は目を閉じ、それらをずっと聴いていた。時計はカチカチカチカチと時を刻み続け、天井の空調は、いまでは正常な、すずしい風を室内へと運んでくれていた。


「そこで、あのひとに会ったんです」恵祐が言った。ぽつりと。注意深く聴いていないと聞き逃してしまうような、そんな声だった。


「“あのひと”?」左武が訊き返した。恵祐のこころの中のイメージに彼は見おぼえがあった。「ひょっとして女か? あのよくしゃべる?」


 それが彼らの、彼らの能力の共通事項だった。彼らは、彼女――いや、彼女とその関係者に出会ってからこっち、その能力が出現する頻度と力を増していたのだから。



(続く)

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