表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第八話「エジプト人のようにあるこう。」
123/167

その4


 う、ぅーーーーーん。


 と空調からは奇妙な音が聞こえていたが、そこに集った者たちの間には長くながい沈黙が続いていた。


 取調室の中はせまく、うす暗く、大柄な右京海都と左武文雄の掻いた汗のせいで若干湿度が高めだった。


 部屋中央の机には左武と小張千秋がすわり、右京はそのうしろの壁にもたれて立っていた。三人の視線はすべて机の反対側にすわる青年、戸柱恵祐に向けられており、彼の視線は小張が出して来た一連の現場写真に集中していた。


 う、うぅーーーーーん。


 と天井の空調がすこし調子を変え、「あのー」と小張が彼に何がしかの声をかけようとしたところで、その声は左武に止められた。無言で。何故なら彼には分かっていたから。いま彼に声をかけたとしても捗々しい回答が得られないばかりか、更なる混乱を招くばかりであることを。


 そう。戸柱恵祐は混乱していた。なにに? 母の死に? もちろんそれもある。なにしろ彼女を燃やして殺したのは、彼自身であるわけだから。


 が、しかし、その混乱は、ひとり町をさまよい、また、左武や小張らにその罪を告白することでいく分かは収まっていたはずであった。


 であったがしかし問題は、第七話(その12)の最後で小張が発した問い、「それじゃあ誰が?」というセリフにあった。「誰がお母さまを半切りに?」


 そう。戸柱恵祐は混乱していたし、憤ってもいた。なにに? 母の死に? もちろんそれもある。


 が、しかし、その混乱に拍車を掛けたのは上半身と下半身に切り分けられた母の遺体写真であり、またその憤りはこの世界の理不尽に向けてであった。


 うぅ、うっうーーーーーん。


 と天井の空調がふたたびすこし調子を変え、


「だれが?」と戸柱恵祐はつぶやいた。ちいさく。まるで地下鉄の壁に彫られた沈黙の音のように。


「だれが?」戸柱恵祐はくり返した。ふたたびちいさく。まるでネオンライトの警告音のように。


「だれが?」戸柱恵祐の周囲が歪んだ。先ずはちいさく。まるで彼の混乱に合わせるように。


 たしかに。母を殺したのは、彼女を焼き殺したのは、彼の能力であり罪であり、その罰を受ける準備は出来ていた。いや、少なくとも、準備をする用意は出来ていた。が、しかし、


「だれが?」戸柱恵祐はくり返した。


 う、う、う、うーーーーーーーーーーーーー――――――――――――――………………


 と天井の空調がみたびその調子を変えた。そうして――、


 ぷす。


 と彼の手の中の写真が奇妙な音を立てた。


「戸柱?」左武文雄はつぶやくと、彼に向けていた自身の能力――他人のこころを聴く能力――をなかば強引に断ち切った。何故なら、戸柱恵祐のこころの混乱は、あまりに激しく強く、左武には耐えられそうにもなかったから。恵祐がつぶやいた。


「だれが、こんなことを?」


 ぷす、ぶす、ぷす、ぷす。


 彼の手の中の写真が白い煙を立てはじめた。


 ぶすッッッ。


 テーブルの小張のノートに黒い焼けこげが付いた。


「お、おい、戸柱」左武文雄はくり返したが、


「だれが、こんな、」戸柱恵祐のこころと能力はすでに暴走を始めようとしていた。「だれがこんなことを?」


 彼の手の中の写真――上下に分かれた母親の写真――はすでに黒い消し炭へと変えられていた。恵祐は続けた――だれが?


「だれが、こんな、僕の母さんに」


     *


 さて。


 『有限会社猪熊スタジオ』は、かの天才マンガ家カトリーヌ・ド・猪熊が、自身の漫画製作のために設立したプロのアシスタント集団である。


 であるが、こう簡単に書いてしまうとちょっと誤解を招きそうなのであわてて補足しておくが、実際問題、あちらの先生にそもそもアシスタントの必要があるのかと問われれば、それははなはだ疑問であり、と言うのもあの天才は、大天才であると同時にかなりの化け物でもあり、その化け物っぷりと来たら、


     *


「え? この緻密で繊細な絵をずっとおひとりで描かれてたんですか? 毎週19ページも?」とか、


「ちょっと先生! 下書きなしでいきなりペン入れなんて……出来てますね」とか、


「ぺッ、ペン先からッ! イッ、インクを飛ばしッ、ベタ塗りを完成させているぅッ!」とか、


「片手にペンを複数持つことでッ! 一気に効果線を書き込んでいったぁぁぁッ!!!」


     *


 みたいな?


 手塚●虫か岸●露伴か、はたまた全盛期の石ノ森●太郎先生をも凌駕しかねない化け物っぷりで、なんなら覚醒ビーストモード(?)に入った彼女なんてのは――、


     *


「17才のときにこの業界に足を踏み入れたが……

 これほどまでにッ!

 これほどまでにッ!

 絶好調のハレバレとした気分はなかったなァ……

 フッフッフッ

 フッフッ

 新しいGペンと開明まんが墨汁のおかげだ

 本当にッ! よくなじむッ!

 本ッ当に! よくッ!! なじむッ!!!


 最高にッ!

 『ハイ!』って!

 やつだアアアアア

 アーーーッハハハハハハハ

 ハハハーッ」


 グリグリグリグリ、

 グリグリグリィーー!!!


「せ、せんせい! せんせいッ! せんせいッ! 落ち着いて下さいッ! せんせいッ!!」


     *


 みたいな?


 二十四時間どころか八千七百六十時間でもマンガを描き続けられるようなモンスターと化してしまい、これはこれで見ている分には面白いのだが、そこには何かしら人倫的にまずい領域がありそうだと想った当時の編集長が彼女と相談、


     *


「たしかに……、その……、猪熊先生におかれましては、締め切り前に必ず原稿を仕上げて頂けるのはもちろん、それらがすべて傑作で、しかも万が一に備えたネーム原稿を常時10本以上ストックして頂けているのは、まったくもって、その……、大変ありがたいことでは……、あるのですが……」


「いえいえ、そんな、編集長。決められた締め切りを守ったり、一定以上のクオリティを確保したり、編集さんをはじめとした関係者各位にご迷惑をおかけしたりするようなスキャンダルを抱えたりしないなんてのは、我々マンガ家はもちろん、小説家さんのような物書き仕事をする人間にとっては、まったくもって当然至極あたり前のことでして――」


「あ、まあ、たしかに。そこは、大したクオリティも維持出来ないくせに一丁前に締め切りの延期ばかりを求めて来るどこぞの小説家には是非とも聞かせてやりたいお言葉ではあるのですが……、それは、まあ、いまさら言っても詮無いことなので……、それはさておき……、そのー、まあ、なんと言いましょうか……(困ったな、このひと。自分の規格外にまったく気付いてない。せめて普通の人間がどのレベルか分かってくれれば……ってそうか)、あ、で、そうそう。そういうこころ構え的なことも含めてですね、そろそろ先生にもですね、後進の育成と申しましょうか、マンガ技術の伝承とでも言いましょうか、その培われたマンガの描き方をですね、次代を担う若いひとたちに是非とも伝授し、育てて頂けないかなあ、みたいなことを考えてもいましてですね……」


「え? あ、はあ、まあ、たしかに。でも……」


「でも?」


「なんて言うか、うちに手伝いに来てくれる子たち、いっつもすっぐに来なくなっちゃって……」


「(そりゃまあ、あんたのあんな姿見たら逃げ出したくなるのが普通だろうけど――)そこは……、まあ……、私の方で? ひとを選んでですね、(肝っ玉が座っていて)背景、人物、仕上げまでしっかりこなせるような人物を……」


「はあ、まあ……、山本さんがそこまで言うのなら……」


     *


 と、こうして選び抜かれた七名の腕利きアシスタントが集結。猪熊マンガの製作フォロー並びにカトリーヌ・ド・猪熊監視装置としての『有限会社猪熊スタジオ』が設立したわけでありますが、前述したように、彼女は天才であり化け物であり完全なアウト・オブ・スタンダードであったので、その、


「おれはッ!

 人間をッ!

 やめてるぞッ!

 ジョ●ョ――ッ!!」


 的なマンガ技術を目の当たりにした彼ら彼女らアシスタントは、猪熊との間に横たわる、超えたくとも越えがたい、出来れば超えたくない、人間は止めたくない、その才能と覚悟の前に、ある者は筆を折り、またある者は重度の心的外傷後ストレス障害を発症……と、一人辞め二人辞め、結局残ったのは、猪熊の能力に自身らの埋もれていたマンガパゥワアを引き出され開花され、新たなる化け……失礼。とっても便利で頼りになるスーパーアシスタントへと変貌した、『ドラフトブルーのお駒』こと望木駒江と、『プレミアムホワイトのカズ』こと野崎和江の二名だけだったのである。そうして――、


     *


「でもほんと、ふたりがいてくれて助かるわ」


 と今日も今日とて三枚同時にペン入れしつつ(な、なんだってーー!!)談笑するカトリーヌ・ド・猪熊であったが……、って、ここまではいいですかね?


 ぶっちゃけ猪熊先生の本気の本気はこんなもんじゃあないんですが、それをここで語ると更に更にさっらーに長くなるので、それはまた別のお話を読んで頂くこととして(注1)、問題は、この物語から遡ること7~8年前、あるひとりの若い女性が、そんな超人集団に新たに放り込まれ、才能を開花させられ、生き延びて来たという事実と、その女性――前回更新分で初登場した森永久美子さん――が、カトリーヌ・ド・猪熊のパゥワアの影響で目覚めさせてしまった、マンガ能力そのものとは異なる、彼女の中に眠っていた、ある特殊能力の方なのである――が、既に本日更新分の紙幅は大幅にオーバーしているので、こちらの続きは、また次の更新で。



(続く)


(注1)樫山泰士製作の『カトリーヌ・ド・猪熊のバラの時代』のことで、森永久美子くんが猪熊スタジオに入社した、奇妙奇天烈な顛末もそちらに書かれております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ