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蓮の実喰いの大統領。


『我は罪人にて嘆き、

 我が過失を赤面して祈る。

 我は罪人にて嘆き、

 我が過失を赤面して祈る。』



 からだを隠そうと手近の扉に手を掛けたが、それは開かなかった。それから、その隣の扉にも手を掛けたが、それも開かなかった。


「自由を我らに!」誰かが叫んだ。もちろんこの国のというかこの惑星のというかこの宇宙のこの地球の日本語で、「打倒! 大統領!」と。


 それから彼は、叫ぶと同時に、肩に担いでいたお手製ロケット弾発射機で20mmロケット弾を発射した。


 ドッッッ!!! と。


「きゃあ!」山岸ナオは叫んだ。「あ、あ、あのひとッ! いまッ!」と。


 彼が放ったそのロケットは、空港ロビーの壁、この国の独裁者的大統領の肖像画の方へまっすぐ向かうと、


 チュッドォオおぉおおん!!


 とそこに見事な大穴を開けた。穴の向こうは激しい雨で、そこに、この空港を取り囲むトラロス人たちの雄叫びが重なった。


「くたばれ、独裁者!」とか、

「我らに家と食料を!」とか、

「消費増税絶対反対!」とか、


 彼らは手に手に武器を持ち、車やバイクで来た者もいれば、徒歩で来た者たちもいた。


 彼らは、問題の独裁者的大統領がこの空港に国外逃亡用の飛行機と隠し財産を持っていて、そうして今まさに、その国外逃亡用飛行機に乗って国外逃亡用の準備を始めているとの情報を得ていたのであった。


「それもどうせ、真偽は不明なんだろうけどね」赤毛丸顔のミスターは言った。ナオの手を引き、次のドアを探しながら、「壊せるものは壊したいんだろう。ずうっと壊され続けて来たからね」


 彼らの後ろでは、空港の警備隊と報せを聞いた警官隊(武装済み)と、ロビーに侵入したトラロス人の集団が衝突していた。ロケット弾の彼はその反動で床に倒れ、頭を打ち、失神していた。お手製の20mmロケット弾発射機は、一発撃っただけでぶっ壊れていた。


「ちょっとミスター! みんな殴り合ってるわよ!」ナオが言った。声がふるえていた。


「見ちゃダメだよ、ナオちゃん」ミスターは答えた。彼女をこちらに引き寄せながら、「とにかくここから、逃げ出さないと」


 うしろをふり返ろうとする彼女に自分の方だけ見ているよう伝えた。何故なら、彼女の言った「殴り合ってる」は、かなり簡素化された言い回しだったから。


 そう。実際の彼らは、銃こそ抜いてはいないものの、こぶしやパイプやバールのようなもの、カスタムスチール製の特殊警棒や高強度防護盾等々などを、相手の顔や頭や両腕、首や腰や脊椎等々へ、力任せに振り下ろしては投げつけたり打ち返したりしていたのである。倒れて動けなくなった相手へは、特に執拗に。


「ミスター」ふるえる声でナオが言った。「もう、次のところへジャンプしましょうよ」


 彼らはいま、目的地である宇宙、ならびに自分たちがいまいる宇宙の確率的座標を把握しておらず、この状態でいつものマルチバース・ジャンプをすることは、下に川があるかも分からない状態で命綱なしのバンジージャンプをするようなものであることは、以前の回でもお伝えしたとおりだが、


「それでもきっと、ここよりマシよ」


 そうナオも言うとおり、ここのロビーというか空港は、血と煙と憎悪であふれ、それら血と煙と憎悪のもとは、どうやらこの国の統治者にあるらしく、彼女のような9才の女の子にとってもそれは、この国の終わりは、とうに見えているように想えたからである。ザアァッと、雨がはげしさを増した。そうして、


「あっ」


 とミスターはつぶやいた。探していた三つ目の扉が見付かったのである。であるが、


「くっそ」


 と続けて彼はつぶやいた。何故ならまたしてもその扉は開かなかったからである。であるが、


「いい加減にしろよ」


 そうミスターは呟くと、今度はそこで立ち止まり、胸のポケットからいつもの間違った形のラチェットレンチを取り出した。その扉の暗号キーを解読してやろうというのである。いつものあの、ジジジジ、ジジッ。という音とともに。


「どうしたの?」ナオが訊いた。


「分からないけどね」彼は答えた。「この先に、なにかありそうな気がするんだよ」


 何故なら、そのドアは巨大で、いやな灰色をしていて、断固として閉じていて、そうして、こんな札が掛けられていたからである。もちろん、この宇宙の日本語で、


     *


 『立ち入り禁止。

  許可なく立ち入ることを禁ず。

  許可があっても立ち入り禁止。

  ここに来たって時間の無駄だ。

  あっちへ行けよ、貧乏人ども。

  アッカンベ―ッ、もひとつペッ

  お前の母ちゃんデベ(翻訳不能)。』


      *


 ジー、ジジジジジ。

 ジー、ジジジジ、ジジジジジ。

 ジー、ジジ、ジジ、ジジ、ジジ、ジジッ。

 ッピーー。


 とそれからしばらくしてドアは開いた。


 カッチャ~~~♪


 とイラつく音と音符付きで。


「なにこれ?」ナオが訊いた。音符記号にイラっとしつつ。


「さあ?」ミスターは答えた。こちらも少々イラっとしつつ、「ここをつくった人か、ここをつくらせた人の趣味なんじゃない?」


 開いた扉の中は広く灰色で、うす暗い電球と奥の壁には65型の4K対応テレビが掛けられていた。画面の半分には見目麗しい女性の太ももが、残りの半分の半分にはずいぶん昔のシットコムが、残りの半分の半分の半分にはこの空港の現在の姿が映し出されていた。上空からの俯瞰ショットで、赤い炎と白い煙が見えた。どうも誰かが火を付けたらしい。


 アァッハッハッハ。


 テレビの前で声がした。野太い、男性の笑い声だった。


 イィッヒッヒッヒ。


 続けて男は笑った。テレビ画面の半分にはキレイな女性のお尻が、残りの半分の半分のシットコムでは、毛むくじゃらの宇宙人がシェイク片手にプレスリーのものまねをしていた。もちろん、こちらの宇宙のプレスリーのだが。


「なにあれ?」とナオは言い掛けて、「あっ」と気付いて続けて訊いた。「あの人、大統領じゃない?」とテレビの男を指差しながら。


 そう。それはたしかに、先ほどここのパンフレット並びに壁の肖像画で見たこの国の大統領陛下であった。


 彼はテレビの前に立ち、まっしろなスーツを着て、小刻みに揺れるように踊るように動いていた。コツコツコツコツ、コツコツコツ。革靴のかかとが不快な音を立てた。


「たしかに」ミスターは応えた。彼に近付こうとして、「酔ってるワケじゃあなさそうだが……」


 クルッ。


 とここで大統領がターンを決めた。二人と目が合った。彼らの気配に気付いたというよりは、たまたま気分で回ったら、そこにふたりが立っていたという感じだった。彼はわらった。ニヤぁッと。


「や、やあ……」


 ミスターは言った。腰を引き、顔も引きつらせながら。何故なら、こちらを向いた大統領の目と顔が、明らかにイッちゃったひとのそれであったから。


 が、ただ、その「イッちゃった」は、目が血走っているとか、脳がフル回転しているとかのそれではなく、家のことも友人のことも、そもそも生きたいとか死にたいとか、そういう本能のようなものすらも忘れてしまったような、とろんとそこに融けていくような、そんなタイプの「イッちゃった」だったが。


「**ロト、**ス*」


 大統領が何かを言った。この宇宙の日本語に彼の故郷の方言が混ざっているのだろう、流石のミスターにも彼が何を言っているのか分からなかったし、彼の両手には、それぞれ、黄色と黒紫の果実が持たれていた。


「**ハ、*メガ*、***セイア**だぞ」


 どうも彼は、ナオとミスターにも、その果実を食べろと言っているようであった。実に美味で、生や世界の苦悩を取り除けるから、と。


「え? わ、わたしに?」ナオは訊き返した。


 彼女の目の前に差し出された黄色の果実は、たしかにたいへん美味しそうなものに見えた。いくつかかじられた痕はあるものの、このところ彼女はまともな食事をとっていなかったので、そんな彼女にそれは、とても魅力的なもののように想えた。が、


 ジーッジ、ジーッジ、

 ジーッジ、ジジジジジッ。


 と例のラチェットレンチが鳴り、


「ダメだ、ナオちゃん」とミスターが彼女と大統領の間に割ってはいった。「これは、『ロトスの実』だよ」


「ロトス?」ナオは訊き返した。


「あるいは、それによく似た何かだ」ミスターは続けた。「どうしてこの宇宙にあるのかは分からないが、この実を食べると、家族のことも友人のことも忘れ、ただただ、この場所にとどまりたい、住み付きたい、故郷のことなどどうなってもいいって気持ちになってしまうんだ」


 それから彼は、ラチェットレンチで改めてその実と大統領をスキャンすると、


「なるほど」と言ってレンチで例の円を描き始めた。マルチバース・ジャンプの準備である。「この宇宙も、すでに重なっていたんだな」


 大統領も果実も、すでに別の宇宙の彼らと必要以上に重なり合っており、大統領の狂気はそのせいであった。


「飛ぶよ、ナオちゃん」ミスターが彼女を引き寄せ、彼女の手の黄色い果実は、そのまま床へと転がった。そうして――、


 そう。そうして彼らが見たこの宇宙が消えたのは、それから二時間ほどが経ってからのことであった。



(続く)

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