閑話休題(その1)
さて。
これは、ちょっとしたおとぎ話である。
舞台は、とある宇宙。
我々が住むこの宇宙とも我々が読んでいるあの宇宙ともちがう宇宙、だけれどかなりそっくりでだけれどまったく似ていないそんな宇宙――が終わる直前。
砂漠の夜に見る棕櫚の木の幻にも似たその宇宙の終わりの直前、実はそんな終わりの直前を何度も何度も行ったり来たりしているある特殊な装置があった。
このある特殊な装置について、その宇宙のある人々は『女神たちの滝つぼ』と呼び、またある人々は『ものがたりの輪』と呼び、またある人々は『ホーライ・カスケード』と呼んだ――のかも知れない。
この装置は、その宇宙の、様々な時間、様々な空間から奪いとって来た星々――恒星、惑星、衛星、時には人口衛星まで――を組み合わせて造られたものであった。
そう。この装置は、それら星々を相互的、相互補完的に働かせることで膨大なエネルギーを――その装置に必要なエネルギーを――得ていたのである。
この装置は、太陽系ほどの大きさの特殊な領域中に設けられていた。そうして、その領域を形成する相対時間及び相対空間の量子論的、静力学的作用により外界と完全に切り離され、保持され、保護され続けていた――その宇宙が終わり、絶対的な無が訪れた後でさえも。
そうして、この装置は、先ほど「何度も何度も行ったり来たり」と書いておいたことからも分かるとおり、その『絶対的な無』とやらの中にずっと居続けるようなことはせず、その宇宙が終わったあと、ふたたびその終わりの直前に向かって戻って行くのであった――どうやって?
そう。これも先ほど、「様々な時間、様々な空間から奪いとって来た星々」と書いておいたことからも分かる通り、これら各種のパーツ――様々な空から奪いとって来た星々――を相互的・相互補完的に動かし活発化させることで装置全体を激しく動く時空タービンとして機能させ、その膨大且つ強力なエネルギーで装置全体を包み込めるだけの逆行時間を創造、空間ごと時間を逆行させていたのである――で、あるが、
「もちろん。ただの時空間移動であれば、これほどの装置、エネルギーは必要ない」とひとりの老人が言った。「この装置、我々時主族が誇るこのシステムの力はこんなものではないよ」と、顔には出さず誇らしげに。
老人は背が高く白髪で、きれいな碧い瞳をしていた。そう。ちょうど我々もよく知る、あの赤毛丸顔エイリアンのような瞳を。老人は続けた。
「この装置の本来の目的は」とやさしく語り掛けるような声で、「重なり連なり、しかし決して交わることのない、我々の宇宙と並行してあるあらゆる宇宙を近付け交差させることにこそあるんだ」
老人はいま、その装置の中心となる惑星――青と緑の惑星――の更に頂点部分――我々が北極点と呼ぶ地点――の更に中心部分、玉座を模した巨大な椅子の前に立ち、そこに座る少女を見詰め、説得していた。
装置は既に、『本来の目的』とやらのために動き出しており、彼らを取り巻く四方の壁と天井並びに黒曜石の床面には、砂漠の夜に見る棕櫚の木たち、孤立し、孤独し、他の木々とは決して触れ合うことのない宇宙たちが無数に映し出されていた。
そう。そこは既に砂漠ではなく、宇宙という名の棕櫚の木が無限に立ち並ぶ空間へと変わっていた。老人は続ける。
「君は、自分でも気付かぬうちに『死』を望んでいた」
と優しく、憐れみに満ちた声で。
何故なら少女は幼く、孤独で、故郷を失くし、親を亡くし、幼かった弟も、母親がその手で一緒に連れて行ってしまっていたから。老人は続ける――であれば、
「であれば、君が『死』を望んでいたとして、誰にそれを責められよう」
そう。実際彼女は旅に出た。かたき討ちと称する旅に。決して勝てるはずもない者を相手に、家産を費やし、死ぬと知ってて、弟君の弔いすらもあげずに。老人は続けた――そこでどうだろう?
「そこでどうだろう? 今、この部屋に映っているのは、有り得たかも知れない君の可能性――『別の宇宙』だ」
我々の望みを叶えてくれるのならば、これら宇宙の中から、君の望む宇宙、君の望む世界へ君のこころ、魂、情報を転送してやろうではないか、と。老人は続けた――アレなんかはどうだい?
「アレなんかはどうだい? 故郷は破壊されず、父上も母上もご健在。君は、少し大きくなった弟君と互いのプレゼントを交換している――まさに、夢にまで見たクリスマスの夜だ」
老人の望みは、彼女の身体だった。彼の亡くなったクライアント、その男のこころ、魂、情報の容れ物が必要だった。
「理屈は簡単だよ。君は、君の望んだ『別の宇宙』へ行く。その後、私があちらの君の魂なり記憶なりをこちらの宇宙に連れて来て、こちらの宇宙の『死者の世界』へと送る。すると、こちらの君の身体は持ち主不在となる」
持ち主不在となった少女の身体には問題のクライアントのこころ、魂、情報が入り、彼女は彼女が選んだ宇宙で幸せに暮らす。
「そうしてこれなら、この宇宙の生者と死者のバランスは崩れず、また、この宇宙の『エネルギー保存の法則』を崩すこともない」――生者と死者はその頭数でカウントされるが、こころ、魂、情報はその熱量でカウントされるからである、と。
少女は悩んだ。いや、悩む必要などなかった。何故なら、彼女が本来望んでいたことは、復讐などではなく、いま一度家族と再会し、仕合せに暮らすことだったからである。であるが、しかし、
ゴォオォオォォオォン。
聞こえるはずの無い音がモニターから聞こえた。とおい二本の棕櫚の木が、互いに重なり干渉し合い、互いが互いを壊し始めていたからである。
「どうした?」老人が言った。「なにを悩むことがある」
実は、老人にとってもこれは危険な賭けであった。あらゆる宇宙が崩壊するリスク、各々の物理定数や素粒子構成が異なる宇宙たちが近付き過ぎる危険性、近付き過ぎたことでそれぞれがそれぞれに影響を及ぼし合い干渉し合いエネルギーの一方的・相互的な交換を始める可能性、各宇宙の法則が壊され、それが連鎖的、同時多発的に全体へと波及して行くリスク――それがこの装置の稼働にはあった。
「さあ、はやく」老人は続けた。少女を急かすように、「好きな宇宙を選び取るんだ」
ドォオォオォォオォン。
ふたたび今度は、二本の棕櫚の、倒れる音が聞こえた。しばらく彼らを、沈黙が襲っ――いや、沈黙の音が響いた。
「ごめんなさい、おじいさん」
とうとう少女は言った。おとぎ話から覚めるため、夢物語を終わらせるため、旅で出会った友のひとり、老人と同じ目をした、赤い髪に丸――ってちがった。この時の彼は金髪ぺちゃぱいでっちりお姉さんなんだった――その彼女のはにかんだ笑顔を想いだしながら、
「せっかくのお申し出ですが――夢ならまた見れますから」
と、そうして装置は止められることになり、少女は旅の仲間たちに助けられた。おとぎ話は終わり、老人は何処かへと消えて行った。
そう。
これは、そんな我々が住むこの宇宙とも我々が読んでいるあの宇宙ともちがう別の宇宙、だけれどかなりそっくりで、だけれどまったく似ていないそんな宇宙で起きた、ある少女のおとぎ話である。
そう。
おとぎ話であるからして、このお話にこれと言ったモラリティ(教訓)があるわけでもなければ、忘れ去られぬモタリティ(運命)があるわけでもないが、ここでひとつ皆さまに、元の物語に戻る前に、ぜひ覚えておいて頂きたいことがある。
そう。
それは、いまのお話で老人が恐れていたこと、そうして、その一部をその目で垣間見てしまったこと。
「ある宇宙から別の宇宙へ、こころや魂、記憶や情報といったものが移動することで、それぞれの宇宙のバランスが崩れ、崩壊してしまう危険性」
その、実現可能性についてである。
(続く)




