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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第七話「はたして神も二度寝をするのか?」
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その11


 生まれ持った性格という意味で言うならば、戸柱恵祐は、私が出会った人間の中でも、それこそ佐倉八千代や彼女の母親と同等かそれ以上に「善良」という言葉がぴたりと当てはまる人物であった――もちろん、「生まれ持った」という枕詞付きではあるが。


 彼は背が低く、なで肩で、髪は縮れて少し赤みがかっていた。目は女の子のように優しく丸く、それを太いセルフレームの眼鏡で隠していたが、そのため高校の卒業アルバムで彼を確認しようとしても、同級生たちの群れに紛れ、消え、彼がどこにいるのか、そもそも実在しているのかどうか、それは大変困難な作業であった。


 もちろん。彼としては、わざわざ好き好んで集団内に隠れようとしていたワケでもないのだろうが、低い背丈と、なで肩と、ついつい自分から身を引いてしまう「善良」な性格等々のため、皆の影に埋もれるかたちになっていたのである。


「すみません。警察にはすぐにでも行くつもりだったんですが」と戸柱恵祐は言った。背中を丸め、石神井公園草地広場のベンチに座り、後ろの野球場から聞こえるボールの音に、時おりビクッと反応しながら、「なんと言って自首すればよいか分からず、色々と考えていたら時間ばかりが過ぎてしまいまして」


 彼は高校卒業後、一年浪人して都内の大学へと進学。そこでも一年留年してから卒業。卒業後すぐに働き出したが、数年経たない内に自主退職。現在は無職であった。であったがしかし、この哀れな記録は、彼の頭の悪さや性格の弱さによるものではなかった。彼はどちらかと言えば頭のよい、とても我慢の利く青年であった。彼はただただ、タイミングの悪さと家庭の事情――母は父を家から追い出し(理由は不明)、程なくして彼女のガンは見付かった――によって、その頭のよさを発揮することが出来なかったのである。


「あのー」とここで小張千秋が訊いた。恵祐の隣のベンチに座り、左武文雄に目で合図をしながら、「その「なんと言って自首すれば」の「なんと」というのは、「どうして」のことを言われています? それとも、「どのようにして」のことを言われています?」


 戸柱恵祐がこちらを向いた。少女のような顔と瞳には、積み重ねて来た我慢と苦労の痕がはっきりと見て取れた。小張はすこし尻込みしたが、そんな彼女の緊張が分かったのだろうか恵祐は、彼女のためにすこし笑うと、「そうですね」と言って問いに答えた。


「正直、そのどちらでもあるんですよ」ととても冷静に、「先ず、「どうして」の方、これは、「母がそう望んだから」ということになります――信じて貰えるかどうかは分かりませんが」


 小張が左武を見、左武は小さく肯いた。なるほど、彼はウソを吐いてはいない。小張が続けた。


「それは、病気を苦にされて?」


「はい」恵祐は応えた。「毎日のように『この世は地獄だ』『どうにか殺してくれ』と」


 ふたたび小張は左武を見、これにも左武は無言で答えた。母が息子に浴びせ続けた呪いの言葉は、左武の耳にも届いていたが、それは最後の最後まで、彼の口からも、恵祐の口からも出ることはなかった。小張は続けた。


「なるほど」と。彼らの辛さが伝わってくるようだったが、それでも、「それでは、」本題はこっちだ。「「どのようにして」、お母さまを?」


     *


 山岸富士夫と山岸まひろは、年の離れた兄妹だった。


 まひろが生まれたとき富士夫は既に中学生で、彼らの間には他にもふたり男がいたが、父は仕事で忙しく、母も父や自身のことで忙しかった。そのため彼ら兄弟の面倒は、もっぱら富士夫が見るかたちになっていた。


「もちろん、おばあさまに頼ることもよくあったがな」


 特に、上の弟ふたりと違い――また、いま現在の当人の認識はさて置いて――まひろは女の子である。いくらなんでも、鷹士や茄夫と接するように彼女に接するわけにはいかなかった。サンタクロースを信じ込ませたり、女の子のグループ内での立ち居振る舞いを覚えさせたり、月に一度の、その……、なんだ……、その手の悩み相談などは、どうしても、山岸の家の祖母を頼るしかなかった。


「そういうのも含めて、兄さんによくしてもらったのは確かさ」


 と、まひろは言う。彼が兄弟、だけでなく、両親含めた家全体のことを気に掛け、気負い、様々な苦労を背負って来たことは事実であるし、そのことを彼女もよく知っていたし、今回亡くなった彼らの祖母も、


「あんたの兄さんね、富士夫さん」とこれは、今朝見た夢のセリフであるが、これとよく似たことを、祖母はまひろによく言っていた。「ありゃ、あんたのお父さんそっくりになって来たね。頑固で、融通が利かないところまでそっくり」と時に笑いながら、時に彼女をはげまし諭すように、「だけど、あんたを含めた家族のことを、誰よりも一番に想ってるってのもたしかさ」


 だから理解し、支えてあげるんだよ。と口に出すことはなかったが、まひろにそうあって欲しいと願っていることはよく知っていた。この地に残る、たったふたりの兄妹なのだから、と。


「それは分かってるさ、おばあちゃん」


 まひろにとって富士夫は、年の離れた頼れる兄貴であり、父親代わりであり、また目標でもあった。彼のようになれないことは分かっていたが、それでも。そうして、


「だからこそ、余計に許せないのさ」とまひろは続け、そうして、


「しかし、富士夫さまも男の方ですからな」と不破友介は口をはさんだ。「美紀さま以外の女の方に、こころ惹かれることがあってもおかしくはないでしょう」


 ここは、まひろの祖母の家、花盛りの家の二階、そこにある物置き部屋のひとつである。


 この部屋はかつて、まひろたち兄弟がまだ幼かったころ、彼らの子ども部屋として使われていた場所であり、そのためここには、その頃の二段ベッドや折りたたみ式のイスなどが置かれたままになっており、そのため今でも、山岸の子供たちにとっては、何かあった際の、仮の避難場所にもなるのであった。


「“こころ惹かれる”くらいならね」まひろは応えた。「でも、不破さんも気付いたでしょ? “マリサ”って名前を聞いたときの、兄さんの表情」結局彼女とは何もなかったのだと富士夫は言ったが、「とてもじゃないけど、義姉さんには見せられないよ」


「ふむ」不破はうなった。小さく。両手を組み、左の手のひらを口に被せながら、「あの表情は、“こころ惹かれる”以上の感情を、その女性に持たれたということですか?」


 正直なところ、不破にとって人類という有性生殖種の恋愛感情・性愛感情というものは――仕事上必要なので一応勉強はしたし、理解しようと努めてはいるものの――あまりに複雑、多種多様、ひとによって言うことがコロコロコロと変わるので、どうにもこうにも扱いに困る代物であり、であるので今回の富士夫の件も、


「天台の小僧が仕掛けた“美人局”? 最近だと“ハニトラ”? ですか?」のひとつにしか見えず、「富士夫さまは見事、その罠をすり抜けたということなのでは?」


「ぜーんぜん。ぜーんぜんだよ、不破さん」まひろは応えた。首を左右にぶんぶん振って、「“なにもなかった”って言葉を信じるなら、その罠自体はすり抜けたかも知れないけどさ、あれは絶対それ以上」――ってちょっと待って。とここでまひろは立ち止まる。「あれ?」と。


「どうかされましたか?」不破が訊いた。


「いま、“天台の小僧”って言った?」まひろは訊き返した。


「え? ああ、はい」不破は答えた。「あのクソガキが使いそうな手口だなと想いまして。アイツは昔から――」


「え、ちょっと待ってよ」まひろは言った。今回、天台烏山が金平瑞人をここに送り込んで来たのは富士夫あるいは彼らの父親絡みだとばかり想っていたのだが、「不破さんも知ってるの? あの天台のこと?」


「え? ああ、まあ」不破は答えた。「そもそもは、咲子さまがあのガキを拾われたのが、お話の始まりですからな」



(続く)

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