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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第七話「はたして神も二度寝をするのか?」
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その10


「すると、その息子さんが看病を?」


「もともと近所付き合いも希薄だったところに今回のガンで、息子さんも就職に失敗されていたようですし、頼れる身内もいない。それでいよいよ、親子ふたり、半引きこもりみたいな状態になっていたようですね」


 と、こう話すのは、石神井東警察署の若き女署長・小張千秋と、その部下で刑事の右京海都である。彼らはいま、左武文雄を加えた三人で、ふたつの現場――火事のあった戸柱家と死体の半分が見付かった公園――の調査を他の署員たちに任せ、問題の“息子さん”こと戸柱恵祐の行方を探しているところであった。小張が続けた。


「病院は?」とスマホの地図を確認しながら。


「アヤさんに行ってもらってます」右京は答えた。彼女が道を間違えないか注意しながら、「タカノブくんと一緒に」


 いま彼らがいるのは、下石神井町のとある路上。場所的には、問題の戸柱家――焼死体の下半分が見つかった火災現場――から北に500mほど行った地点で、このまま北に進めば石神井川に、もっと進めば石神井公園のB地区野球場に出る辺りである。ふたたび小張が訊いた。


「病院の場所は?」ひき続き地図を見ながら、頭をパリポリと掻いて。


「駅の向こう側です」ふたたび右京は答えた。そんな彼女を怪しみながら、「東石神井台の方ですね」


 先述した通り、戸柱親子はどちらも半引きこもりのような生活をしており、家を出た恵祐が立ち寄りそうな場所と言えば、近所のスーパーか公園、あるいは母親の治療で通っていた病院くらいであったが、


「ちょっと遠いですね」そう小張も言うとおり、「病院には行っていないかも」そう考えるのが妥当な様子であった。


 そうして、それからしばらくして彼らは開けた十字路へと出たのだが、改めて地図を確認した小張が、


「うん」とひと言、迷わず東に舵を切ったので、


「あ、いえ、署長」と直ぐに右京に止められた。「※※公園なら西側ですよ」


「え? そうですか?」


「ナビもそっちを指してるじゃないですか」


「いや、でも、こっちの方が近道に――」


「ならないですよ、反対方向なんだから」


 それから右京は――小張の図抜けた方向音痴には慣れていたので――いくつかのやり取りの後、どうにか彼女を説得すると、自分が先頭に立つ許可を貰い、目的の公園へと向かおうとしたのだが、そこで不意にはっとなり、


「おい、左武」と後ろをふり返りつつ言った。「どうした? 行くぞ」


 と言うのも、戸柱恵祐捜索隊の残るひとり、左武文雄が、先述の十字路に立ったまま、首を傾げて固まっていたからである。


「左武!」右京がくり返し、


「左武さん?」それを止めるように小張が訊いた。「ひょっとして、なにか聞こえてたりするんですか?」


「なにか?」と右京。左武の返事を待たずに小張に、「なにかってなんですか?」


 小張は応えた。「あの時もこんな感じだったんですよ」と問題のあの夜、九才のパウラ・スティーブンスを救ったあの夜のことを右京に話そうとして、


「こっちですよ」と北を指差す左武に止められることになった。「すごく後悔? ……恐怖?……戸惑っているような声が聴こえます」彼は続けた。この声が、果たして問題の戸柱恵祐のものかどうかは分からないが、それでも、「助けを必要としていますよ、こいつは」そうして、「あと、ひょっとすると、“俺たち”と同じなのかも知れません」


     *


 さて。


 このお店のオーナーのことを考えると大変お気の毒なことではあるが、本日ただいま、街の小さな喫茶店、青い扉の『シグナレス』では、一ダース近い閑古鳥が見事なコーラスを聴かせてくれていた。例のいつもの客寄せパンダ、看板娘の佐倉八千代がしっかり出張っているにも関わらず、である。


 そうして、そんなお店のラジオからは、しわがれ声のトランぺッターが、閑古鳥のコーラスに合わせ、『聖者が街にやって来る』をたいそう陽気に歌い上げていたし、一番奥の席の老婆は、


「あのー、おねえさん?」そう八千代を呼んでは、「あのね、このね、お抹茶、を使ったね、チ、テ、チラミス? なんですけどね――」


 と『抹茶のティラミス』と『お抹茶ロールケーキ』と『濃厚抹茶蜜プリン』の違いと詳細をヒアリング、結局どれにしようか、かれこれ三十分は考え込んでいるところであった。ぬるくなったレモンティーをゆったりとすすりながら、どうせ他にお客もいないのだから、と。


「なんで?」とここで木花エマは訊いた。たまらず。厨房から身を乗り出しながら、「ヤッチ、あんた何かした?」


 彼女は彼女で、オーナーが薄々勘づいていること――佐倉八千代の特殊な共感能力がこの店に客を呼び寄せていること――を、彼女との長い付き合いの中で学んでいたのである。であるが、


「えー」と八千代は応える。こちらはこちらで無自覚・無意識のお店の看板、誘蛾灯的マスコットであるので、「なんで私のせいみたいに言うのよ?」と質問の意味もよく分からないまま、ガランとした店内に、「でもほんと、どうしちゃったのかしら?」とただただ首を傾けるだけであった。


 たしかにここ数日は、鬼のようにお客さまが押し寄せていたり、変で奇妙な夢を見続けていたり、フル●ンおじさまが空から(?)ふって来たり、と想ったら最後には、エマちゃんが“ケヤキのボブ”さんのてっぺんまで飛ばされたりなんかして、てんやわんやでしっちゃかめっちゃか忙しくはあったけれども、それはそれとして、ただただお客さまに来店して頂きたいという彼女の気持ちに変化はなかった。その方が自分もうれしいし、あまりに人が来ないとバイト代への不安が出て来るからである。八千代は訊いた。


「ねえ、なにか知ってる? あなた達」と隣に居並ぶ閑古鳥(複数)に向かって。


 が、もちろん彼らに、そんな摩訶不思議現象の理由など分かるはずもなく、と言うかそもそも、そこに閑古鳥(複数)などいるはずもないので、今回のこの状況については、作者である私から、読者の皆さまに少々補足しておいた方が良いのかも知れない。


 と言うのもこの現象は、八千代の共感能力が弱まったワケでもなければ、昨今の物価上昇でお客さまの財布の紐がきつくなった……ことも無きにしも非ずんば虎児を得ずではあるが、そんな政治的トピックは炎上の種にもなり兼ねないので放っておくとして、要は、今回の現象には、他に主な理由があった。


 そう。それは、先ほどのラジオでも歌われていたとおり、『聖者が街にやって来』た、と言うか戻って来たため、お腹を空かせた彼の甥っ子が、マンションに戻る前に、


「ねえねえ、おじさん、どっかで何か食べて帰ろうよ」


 そう言っては駄々をこね、以前より目を付けていたこのお店にふたりで来ようとしていたからである。ペトロ・コスタの性格上、店が混んでいれば場所を変えただろうし、ストーリーの進行上、彼らと彼女らを、そろそろ出会わせておく必要もあったからである。



(続く)

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