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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第七話「はたして神も二度寝をするのか?」
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その9


 葬儀社の人が式次第や火葬場の手配、祭壇スペースや参列者の導線確保などを富士夫と打ち合わせている間、山岸まひろは、同じ葬儀社の別のスタッフがドライアイスの処置や納棺の段取りをしているのを横で少し見学してから――これも富士夫の指示であったが――この家の居候・不破友介とともに、ご近所への説明・挨拶回りへと出掛けた。自宅葬にするよう祖母が誰かに言い残したわけでもないが、葬儀社への最初の電話で富士夫が、直感的かつ反射的に、先方への質問にそう応えたからであった。


「実は、祖母の咲子が今朝がた」とか、


「昨夜までは元気だったのですが」とか、


「人の出入りや準備の音でご迷惑を」とか、


 見知った顔、見知らぬ顔へ彼女の死を伝えるうちにまひろも、祖母の死が次第に確固としたものへと変わって行ったのだろう、更に深い喪失を感じ始めると同時に、


「え、まあ、それはお気の毒に」とか、


「ええ、もう、それはおばあ様にはよくして頂いて」とか、


「そこね、そこの空き地ね、よければ使ってやってよ、駐車場にさ」とか、


 その見知った顔、見知らぬ顔たちが、祖母とどのように付き合い、彼女をどのように想っていたのか――それは概ね好意的なものばかりであったが――を知ることにもなり、この喪失が決して悪い意味ばかりを持つものではないことをも彼女に感じさせていた。


「好かれてたんですかね? おばあちゃん」


 帰り道でまひろは訊いた。想わず。が直ぐに、その訊いた相手が、“あの”不破友介であることを想い出し彼女は少し後悔した。何故ならこの不破という男は、まひろが知っている中でも特に――二番目の兄の鷹士よりも更に――舌鋒鋭い、まるで悪魔のような稀代の皮肉屋だったからである。であるが――、


「ええ、はい、そうでしょうね」そう不破は答えた。照れも衒いもなく、ただただ、「咲子さまはどんな方からも好かれる、そんなお方でしたから」とある種の穏やかさまで感じさせる口調で、「ご兄弟の中では、まひろ様が一番、咲子さまに似ておられます」


 一応補足しておくと、この不破の最後のセリフは、この時点では――亡くなった咲子を除いて――彼しか知らない、知る由もない、山岸家の、特に女性についての、ある特徴が関係して来るのだが、そんなことは今のまひろは知らないし、考えてもいなかった。なので彼女はこの言葉を、彼なりに彼女を励ましてくれているのだろう、そう解釈することにした。そのため彼女は、


「ありがとう、不破さん」とある種の親しみすら感じつつ彼に返した。が、しかし、ここで不破の“稀代の皮肉屋”な部分が発動、彼は続けて、


「咲子さまは幸福ですな」そうつぶやくとすこし笑って、「なにしろ今の地球は、どんな生物にとっても絶望的な場所なのですから」と応えて彼女を戸惑わせることになった。


 なったのだが、まあ、これももちろん、彼なりの愛ある冗談、皮肉のひとつであり、なのでまひろもそれに気付くと、


「あははははっ」と笑って空を見上げた。たしかになんだか、祖母によく似た笑い方だな、とかなんとか、そんなことを想いながら。


     *


「いや、金平さん。そのことなら友枝さんにも話しましたがね」


 まひろが家に戻ると奥の部屋からそんな声が聞こえて来た。葬儀社の人との打ち合わせは終わったのか一段落したのか、この声は彼女の兄の富士夫で、相手の声はよく聞きとれないが、どうやら例の天台烏山の部下、金平瑞人のようであった。


「まったく、こんな大きな声で」


 すぐにまひろはそう考えた。天台とのことは知ってはいるが、それはお金絡みの話であるし、葬儀社の方々も作業のためにまだ残っている。それをそもそも、こんな祖母が亡くなった日に、こんな大声でするなんて、と。


「まひろ様?」が、ここで、不破友介が彼女に声を掛けた。突然まひろが、玄関先で立ち止まったからである。「どうかされましたか?」


「え?」まひろは応えた。靴を脱いで上がりながら、「兄さんだよ。こんな大きな声でさ、お客さまもまだいるってのに」


「は?」不破が訊き返した。「富士夫さまが何か?」


「話を始めたのはたぶん、あの金平って人なんだろうけど」と続けてまひろ。奥の部屋へ向おうとするが足を止め、「――聞こえるよね?」


「うん?」と不破。まひろの視線から目をそらし、一瞬考えるような顔になったが、直ぐにその地獄耳をオンにすると、「ああ、はい。たしかに」そうつぶやいてからふたたび考え、「――これが聞こえるので?」と逆にまひろに訊き返した。


 が、この質問にまひろは答えず、険しい顔をするとふり返り、ドタドタドタドタ。改めて奥の部屋へと歩き出した。聞き捨てならないことを富士夫が言ったからである。


「兄さん!」ふすまを開けるなりまひろは叫んだ。が、すぐに、そこには問題の男もいることを想い出し、「あ、すみません、金平さん」声を落として彼にあやまった。「兄と少し話したいことが――」


 突然のまひろの登場とその表情に金平も少し驚いた様子であったが、「あ、はい」とそれでもつぶやき肩をすくめると、彼女の横を通って部屋を出て行った。リビングへ向かう廊下の途中で不破とすれ違ったが、互いに一瞬目を合わせただけで、これも互いに軽く首を傾げるだけであった。


「なんだ? どうした、まひろ」富士夫は言った。叱る口調で、「そんな大きな声で、金平さんにも失礼だろうが」と。


「大きな声はどっちだよ」まひろは応えた。「葬儀店の人もいるのに恥ずかしい」と。


「……なんの話だ?」


「天台とのことはまだいいさ」続けてまひろは言った。「一応は仕事の関係だからね」と、どうにもこうにも怒りが収まらない様子で、「でも、義姉さん以外の女の人とどうこうってのは聞き捨てならないよ、流石に」


「は?」富士夫は訊き返した。天台との件はもちろん、彼女との話は金平にしか聞こえないよう小声で話していたはずだが、「なにを言ってるんだ? お前は」


「とぼけないでよ、兄さん」まひろは言った。「ふたりきり? ホテルで? 誰だよ! その“マリサ”って人は!」そうして――、


      *


「よしてよ、話し掛けないでよ」


 そうしてその頃マリサ・コスタは、自宅ベッドの上にいた。毛布を頭から被り、ムーラン・ルージュの化粧は落とし、バラを集めたドレスも脱いで、毛布の外は静まり返っていたが、


『相談なら私が乗るって言ってるじゃない』


 とその静寂の中からオフェリアの声はした。彼女は彼女を抱きしめていた。まるでスプーンのように。


「よして」マリサは応えた。声には出さず、頭の中だけで、「あなたはいないハズよ」


『現にこうしているじゃない』オフェリアも応えた。『いままでもいたし、これからもいるわ』


 この言葉にマリサは応えず、代わりに、毛布の隙間からベッドサイドのスマートフォンに手を伸ばした。


『なによ、つれないわね』オフェリアは続けた。『誰に電話しようっての?』ペトロとは連絡が取れないし、『何か欲しい物があれば、私が持って来てあげるのに』


「欲しいものなんかないわよ」マリサは言った。スマートフォンの連絡先を上から順に確かめながら、一瞬、母親の名前が目に入ったが、


『ふん』と言うオフェリアの声にすぐに上にスワイプさせた。『ま、そこは利害の一致よね』


 彼女は彼女の、『空想上の友人』であった。小さい頃からの。ずっと一緒にいてくれる友人であり、姉であり、時には恋人でもあった。彼女は魅力的で、美しく、マリサが持っていないものをすべて持っていたし、なにがあっても彼女の味方でいてくれた。


『あのババアが私に気付くまではね』


 ある日、彼女たちのもとに、変なジャケットの青年と二人の神父だか修道士だかが現われた。青年は頭の悪い精神科医で、彼らを連れて来たのはマリサの母親だった。彼女は、彼女の言動が時に荒く、おかしくなること、派手な衣装や、場合によってはおかしな化粧まで試そうとすること、または、鏡の中の自分と熱心に話し込んでいる様子などを見、この子をどうにかしなければ、そう考えたのであった。


『それで、鏡の中に閉じ込められた』オフェリアが言った。


「やめて」マリサが応えた。今度は声に出して、「あなたが空想上の人物だって理解するのに、どれだけ苦労したと想ってるの?」


『空想じゃないわよ』


「子ども時代にはよくあることなのよ」


『だけど、いまもこうしてお話してる』


「最近色々あって、それで心が疲れてるのよ」


『だからこそよ、わたしが助けに来たのはさ』


「やめて」マリサはくり返した。「あなたは空想上の人物。これは変わらない」


『だーかーらー』オフェリアは言った。『私は実在するし、したの。それこそずうっと前、“こっち”に来るずっと前からね』


「え?」とここでマリサが訊き返した。誰もいないはずの後ろをふり返り、「あなた、いまなんて?」


 しかし、この質問に彼女は答えられなかった。何故なら、マリサの持つスマートフォンの画面が、その連絡先リストが、丁度、山岸富士夫のところで止まっていたからである。


『ふん』と言って彼女はスマートフォンの電源を切った。自ら手を伸ばし、『で? どうすんの? あのババアに電話してまた私を閉じ込める? それともあんたが引きこもる?』――どの道あんた、他に頼れるひともいないんでしょ?



(続く)

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