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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第七話「はたして神も二度寝をするのか?」
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その8


 その写真を初めて見たとき祝部ひかりは、先ずはただただ「変なの」と想った。でもすぐにそれは、きっと物理の時間に担当のガリレオの目を盗んで見たせいだろうとも想った。なのでそのあと彼女は、休み時間が来るのと同時に渡り廊下まで走って行き、改めてスマホに届いたその写真を見てみることにした。が、しかし、それでも結局、ここでも彼女は「変なの」と想うことになった。すこし残念そうに、だけど代わりに、とっても安心した気持ちで、「私のお父さんやお母さんの方が、ずっとお父さんやお母さんっぽいわ」と。


 彼女の父親――育ての父親――祝部優太が送って来たのは、彼女の実父母の写真と、彼らの学歴、職歴、病歴などが書かれた履歴書が一枚ずつ、それに彼らが現在いっしょにはいないことや、ひかりの他に子どもはいないこと、彼らの側にひかりに会う意思のない旨が書かれた簡易なレポート――それだけであった。


「ふーん」ひかりはつぶやき、もう一度実父母の写真を見た。「うーん?」と口を尖らせながら。


 父親は、肩は広いが屈強とは言えない感じの中年男で、ピンストライプのスーツに襟元には青い市松模様のピンバッヂを付けていた。高い頬骨にサロンで焼いたような肌色をし、頭のポマードはここまで臭って来るようだった。


「うーん?」ふたたびひかりはつぶやいた。「お父さんの方が、全然かっこいいかな」


 母親は、その身体はいかにも上品に細く、ほっそりとした黒のサマードレスを着ていた。化粧は控え目だったが、頬には飾り気のないピンクが少し濃い目に入れられており、鼻の形がひかりに少し似ていた。全体的に奇妙な清潔感があり、子供を産んだことがないと言われれば、十人中八人は「ああ、そうなんですか」と深く考えずに納得するような、そんな雰囲気を持った女性だった。


「うーん?」とひかりはうなった。自身の鼻をさわってから、「変なの」と、とうとう今度は口に出して言った。


 それから彼女は、いささか残念な気持ちを抱えたまま、それでも写真をスワイプして行くと、今度は改めて彼らの資料を読むことにした。学歴や職歴はさておき、病歴や出身地、家族や親族の構成などから、現在彼女が抱えている問題――突然現われ消えた例の『窓』――の手がかりになるものがないかと考えたからである。


「たとえば魔女の血筋とか?」苦笑しながら彼女は言ったが、すぐに「むーん?」と改めてうなることにもなった。「まったく、全然、これっぽっちも、変なところはないのね」


 彼らの資料からは確かに、彼女が何らかの引っ掛かりを覚えるような部分はなかった。まったく。彼ら本人はもちろん、その家族も親族も平々凡々を絵に描いたような人物ばかりであり、例えば大きな病気とか、例えば精神疾患だとか、例えば田舎の蔵に何十年も閉じ込められた大叔父がいるとか、そんなようなことは、それこそまったく、全然、これっぽっちも、気配すらも感じられることはなかった。


 もちろんこれは、養子縁組支援組織が彼らを調査し聴き取りをして作成した――ということになっている――資料なので、仮に彼らが何がしかの「不思議な能力」を持っていたとしても、そんなものは気付かれないか、気付かれてもきっとカットされるのがオチなのだろうが、今回の件に関しては、ただただそういうことでもなかった。


「変なのー」と、ふたたび画面を実父母の写真に戻してからひかりはつぶやいた。「もっとなんか、こう、ピンッて来るもんだと想ってた」


 と言うのもそこに映し出されている一組の男女は、その容姿以前の問題として――実際容姿は、そこそこひかりに似ていた――問題の『窓』の向こうに彼女が見た実父母のイメージとは、まったく、全然、これっぽっちも似ていなかったからであるし、それは、彼らの経歴その他すべても含めて、祝部優太が勤める「会社」の担当者が、適当にでっち上げたものだったからである。


     *


 さて。


 例えば西暦1951年のある夏、アメリカはフロリダ州に住むひとりの青年リチャード・リーサーが、彼の母親メアリー・リーサーのマンションを訪れた時のことである。


 彼は、この前日にも母親の元を訪れており、その時彼女は普通に読書をしていたし、またその後電話で話したときも彼女は元気そうで、「これから薬を飲んで寝るところよ」そう彼に語っていたのだという。

そのため彼は、その日も普通に元気な母親と対面出来るものだと想い込んだまま、彼女のマンションのカギを開けたのだが、すると中は妙にこげ臭く、彼女を呼んでも返事はなかった。


 そうして、それから彼は、首を傾げつつも母親を捜すことになるのだが、結局彼女は、スリッパ付きの足など身体の一部を残したまま、すでに焼かれて? 焼けて? 燃焼して? 死んでいた。不思議なことに、周囲に火の気はなく、彼女の周りだけが焼け焦げ、部屋全体が燃えるようなこともなかったのだという。


 さて。


 また例えば、1996年11月、東京のある下町で局所的な火災が発生、そこでたむろしていた青年のひとりが焼死したことがあった。


 このとき警察は、焼け跡から変形したポリタンクが見付かったこと、また周囲にガソリンを撒いたような匂いがしていたこと等から、何かの弾みでポリタンクに火が付いたものと仮定、捜査を始めるが、その場に居合わせた他の青年たちから、火元は被害者の青年自身であり、「あいつの手足が急に燃え出したんだ」等の証言を得ることになった。


 そう。


 そうしてまた、これらの他にも、例えば2010年12月のアイルランドで起きた高齢男性の焼死事件や、2014年10月のこちらも東京の病院で起きた2つの焼死事件など、所謂『人体自然発火現象』と呼ばれる現象・事件例は、探し始めればそれこそ枚挙に暇がないわけなのだが、ここで私が何を言いたいのかと言うと、要は、人体が燃えてしまった状態で発見された事例のうち、「当該人物の周囲に火気はなかった」等の理由により、「その人物が自然に発火した」と判断せざるを得ない事例について、我々は現在、その種類や理由は一旦無視して、すべてまとめて、『人体自然発火現象』なる呼称を用いている――程度に憶えておいて頂ければ先ずは十分であろう――ということであった。


     *


「と、そうは言っても、いまの話の1996年と2014年のケースについては、なーんか微妙に違うような気もするんですけどね、個人的にはですね」


 と突然こう話し出すのは、我らが名探偵(仮)小張千秋である。彼女はいま、問題の火災現場の前に停めた車の前にしゃがみ込み、他の署員たちが忙しく立ち働くのを眺めているところであった――「ま、一部界隈では有名なお話なので挙げるだけ挙げてみましたけれど」


「なるほど」と、そんな彼女の横で左武文雄は応えた。こちらは立ったまま腕を組み、小張と同じく、同僚たちの忙しそうに働く姿を眺めていた。「たしかに今回のケースも、彼女の周囲に火の気はなく、焦げ跡も彼女のところに集中していた」


 彼らはいまここで、他の署員に話を聴きに行った右京海都が戻って来るのを待っているところであった。続けて左武が訊いた。「原因は?」


「うん?」小張が訊き返した。彼の方を見上げ、「今回のですか?」


「あ、いえ」左武は答えた。「これまでのと言うか、まあもちろん、分かってるのなら、今回のも――って、もしかして分かってるんですか? 今回のも?」


「うーーーーーーーー―ん?」小張はうなった。深―く首を傾けながら、「わっかんない? かなあ?」


     *


 先述した通り、所謂『人体自然発火現象』と呼ばれる現象・事件の例は、探し始めれば枚挙に暇がないワケだが、それらの原因については、現在様々な推察がなされてはいるものの、これと言って特定される原因が見付かったわけでもなかった。複数の原因があるのか、それとも我々の知らない別の原因があるのか分からないが、それでも例えば、有名どころの説を挙げるとすると、


 ①:アルコール大量摂取説

 ②:人体ロウソク化説

 ③:球電説(プラズマ説)


 などが挙げられるし、また、この他にも、タバコ成分説や、特異体質説など等が説として挙げられることもある――くらいであった。


     *


「“特異体質”?」とここで左武が訊き返した。「身体が燃えてしまう体質ってことですか?」


「あー、どうでしょう」小張は答えた。「まあ、でも、“燃えやすい体質”とかじゃないですかね?」あまり常識の無い、捉われない彼女だが、「普通に、常識レベルで考えれば、体内で多量の可燃性物質を生産して蓄積、それが熱気によって発火すればあるいは……ってとこくらいですかねえ?」


 そう言いながらひき続き、首を傾げて手もとのスマートフォンを確認。先ほど撮影した被害女性の切断面を見る彼女だが、


「うーーーん?」とくり返し首を傾けることになった。「……ってのともちょっと違うのかなあ?」


 と言うのも――詳しい話はもちろん、鑑識の結果を待つことに変わりはないのだが――その断面に付いた焦げ跡、熱の通った痕跡を見るに、その熱は身体の内部に行くほど高く且つ長く燃えているように、小張には見えていたからである。


 そう。つまりそれは、火は“彼女”の内部に突然現われ、可燃性を帯びた彼女の脂肪その他に引火、じわりじわりと内から外へと熱を伝えて行った――ように見えるワケである。


 熱球や火の玉を口から飲み込むようなことはないだろうし、それなら先ほど公園で見た遺体の口や喉にそのような痕跡がなければおかしい。誰かが彼女になにか発火物のようなものを飲ませ、それが体内に入ってから発熱? いや、それなら胃の中からそのナニカが出て来ていないとおかしいが、切断面を見るかぎり、そんな風でもなかった。


「うーーーーーーーーん?」小張は首を傾げる。くり返し、くり返し、何度も。とここで、


「すみません。お待たせしました」と言って右京海都が戻って来た。「署に電話したら、被害女性と想われる人物――つまりはこの家の母親ですが――の医療記録を貰えたそうなので、僕らのスマートフォンにも転送して貰うよう――」と言い終わるがはやいか、


 ブブ、

 ブブ、

 ブブ、


 右京以下、左武、小張のスマートフォンが鳴り、すぐに彼らはそれを見た。


「うん」最初に声を出したのは小張だった。「これはかなり……末期ですね」


「そうなんですか?」左武が訊いた。正直、記録を読んでも、彼には何がなんだかよく分からなかった。


「ええ、はい、まあ」ふたたび小張が言った。「今日死んでいなくても、一週間後か一ヶ月後か……、一年持つかどうかですかね?」


 彼女はステージ4の大腸がんを患っていた。



(続く)

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