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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第七話「はたして神も二度寝をするのか?」
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その7


 住宅街の東側、小さな家が密集している辺りが火事の現場だった。道幅は狭く、消防車も苦労して入って来たのがよく分かった。これだけ家が密集しているのだから、火元の家以外にも数軒燃えてしまっていてもよさそうなものだが、丁度隣家で屋根の修理をしていたらしく、そこの職人がすぐに異変に気付いたこと、消防の到着が速かったこと、そうしてなにより、問題の“火元”が、普通の火事ではおよそ有り得ないものであったこと等から、火元の家は全焼を免れ、周囲の住居も、外壁が多少焦げたり、郵便受けのプラスチックが若干溶けるなどしただけで終わっていた。


「うーん?」と小張千秋は腕を組んでいた。床を見詰め、天井を見上げ、首を傾げて少し考え、問題の“火元”の横に寝そべろうとして、


「あ! ちょっと署長!」とそれを見掛けた鑑識官に止められた。彼女が寝そべろうとしたのが丁度、“火元”の作った血だまりの上だったからである。


「え? あ、そっか、すみません」彼女は応えると、あわてて半歩後じさり、ふたたび少し考えてから、その場にゆっくりしゃがみ込んだ。彼女――“火元”の性別は女性だった――に手を合わせ、手持ちのスマートフォンにクリップ式の接写レンズを取り付け、“彼女”の側に身を乗り出して、「ちょーっと、失礼しますね」


 パシャッ。


 と“彼女”の切断面を撮影した。とここで、


「署長?」と左武文雄が彼女に声をかけた。「なにされてるんですか?」


 彼と右京海都は、先にここへ到着していた署員から諸々の状況を聴いていたところだった。


「上半身との突合ですね」小張は答えた。「それと切断面の焼け具合を――」いま撮った写真を拡大させつつ、「うん。やっぱり。中から徐々に焼かれています」


「“焼かれて”?」左武が聞き返した。小張の肩越しにスマートフォンをのぞき込み、「するとやっぱり、公園のやつの片割れですか?」


「うーん?」と小張。ここでも少し首を傾け、「“焼いて”? “焼かれて”? “燃焼して”?」と一瞬つぶやいてから、「え? あ、はい。そうですね」と左武の質問に答えた。「詳しくは鑑識さんの結果を待ちますが」体型、衣服、切断面とその焼かれ具合から、「公園にあった上半身と、いまここにある下半身は、同じひとりの人だったと断言していいと想います」


 と言ったところで。


 ここは、先述の公園――上半身のみの焼死体が見つかった小さな公園――から西へ数km、問題の火事の現場、その一階奥の和室である。広さは八畳ほどで、寝室にでも使っていたのだろうか小さなタンスが一つだけ、問題の“火元”は、その部屋のまん中辺りにポツンと孤独に置かれていた。


「この家の住人はふたり」とここで右京海都は言った。小張と左武のもとに戻って来つつ、「“戸柱祐子”という五十代の母親と、その息子の“戸柱恵祐”、父親は十年以上前に家を出、いまは鬼籍に入っているそうです」


「うん」小張は応えた。背格好や衣服から、いまここにある下半身はその母親のものだろう。が、「すると、その息子さんはいまどちらに?」


     *


 ペトロ・コスタが、そのあまりの誠実さ親切さから同じコミュニティの人間から一種聖人視されていたとは前にも書いたとおりだが、もちろんこれはあくまで仲間うちだけのことであって、それこそ例えば教皇庁が、彼を本気で聖人の列に加えるかどうかを検討・調査するようなことは、まあ先ず起こらないだろう。と言うのも、例えばカトリックで聖者に認定されるためには――、



 ①:管轄司教が列聖審査の手続きを申し出、

 ②:対象となる人物が生涯どれだけ英雄的・福音的な生き方を続けて来たかを教皇庁列聖省が調査し、

 ③:先ずは「神のしもべ」と呼ばれる段階を経て、その生き方が公に認められれば「尊者」と呼ばれるようになり、

 ④:その後、殉教若しくは“ある条件”を満たすことが出来れば、「福者」と呼ばれるものへと昇格、

 ⑤:そうして更に彼の死後、また改めて“ある条件”を満たすことが出来れば、彼は「聖人」に認定される。



 という、まことに大変面倒な手続きを踏まねばならず、こんな面倒な手続きは、そもそもただの料理人で、聖職者でもなんでもない彼の性分にも、彼を聖人視する人たちの性分にも合わなかったからである。

そう。彼は、そんな聖者なんぞになる暇があるのなら、皆に温かく美味しい料理を提供すること、凍える者に毛布を貸すこと、ひとりでいてはいけない人、そんな誰かの隣に黙って座っていることを選ぶような人間だったのである。


 だから――時間は有限で困った人はどこにでもいるのだから――彼が教皇庁ごときに聖人認定されるようなことは先ずあり得ないだろうが、それでもここで補足しておくと、彼の生涯は大変英雄的かつ福音的なものであったし、問題の“ある条件”についても彼、ペトロ・コスタは、十分にクリア出来るだけの能力を持っていた。


     *


「おじさん!」


 とアーサー・ウォーカーは叫んでいた。想わず。目を見開き、口は開いたまま。そうして、それから彼は、続けてなにかを叫ぼうとしたのだが、きっとなんにも想い浮かばなかったのだろう、ふたたび、


「おじさん!」


 と叫ぶと今度は、続いてなにか、なんでもいいから何かを叫ばなければならないと想ったのだろう、


「すっげー! すっげー! すっげーよ! おじさん!!」


 と、大変小学生男子らしい語彙力の無さで叫ぶことになった。なぜ彼がこんなにも叫び驚いているのかと言うと、彼の伯父ペトロ・コスタが、先ほど述べた“ある条件”、「福者」とか「聖人」とかに列せられるための“ある条件”――それは一般に『奇跡』と呼ばれる行為なのだが――それを十分満たすであろうことを、彼の目の前で行っていたからである。


「すっげーや! おじさん!」


 そう。彼、ペトロ・コスタはいま、『奇跡』を起こしていたのである。海の上を走るという『奇跡』を。山を下りた先、国道沿いの護岸壁から、そこで溺れていた子どもを助けるために。数メートル下の海へと飛び降り、そのまま、まるで滑るように――って、あ、いや、さっきの「海の上」は正確ではなかったな。何故なら彼はいま、「光の上」を走っていたから。きっと彼自身、その光をどうやって出しているのか、どうやってその上を走れているのかは分からないのだろうが、それでもしかし、彼にはそれが出せたし、その上を走れた。とつぜん聞こえた助けを求める声に、水に溺れた子どもの叫びや、大人を呼ぶ彼の友人たちの声に、無意識に、しかしはっきりとした信念を持って。静かに揺れる海の上に、光で出来た路をつくり、その上を走っていたのである。


「ぼうず!」ペトロは叫んだ。いままさに海の中へと堕ちようとする男の子に向かって、「俺が見えてるか?!」と“光の路”から手を差し伸べて、「見えてたら! 手をつかめ!」


     *


 ひげを生やした金平瑞人は、全身黒ずくめのスタイルで花盛りの家へと現われた。玄関ベルを鳴らす前に、彼の雇い主である天台烏山の秘書、友枝久香と電話でいくつか話をしてから。


「山岸の大奥さまが亡くなられたと聞き、天台から是非手伝いに行くようにと」


 と、相変わらず外見はおっとりとした感じであったが、それでもその中身は、相変わらずの邪悪な感じをもあわせ持っていた――と書いておいて、すでにお忘れの方も少なくないで想うので、ここで一応の補足をしておくと、この金平瑞人という男は、天台烏山の部下として、ペトロ・コスタの借金を取り立てるとの名目で、彼の妻・マリサに付きまとっていた者のひとりであり、また彼がいま電話で話した友枝久香とは、そのマリサと山岸富士夫を例のホテルで面会させた、あの黒髪のジャンヌ・ダルクのことである。であるのでもちろん、この金平の来訪を知った山岸富士夫は当然、


「あ、いえ、わざわざそんな」と慇懃な態度で彼に応対することになる。「葬儀その他の段取りはすべて専門の業者にお願いしましたから、」出来ればお引き取り願いたい、と。


 と言うのも、問題の夜――天台との会食がキャンセルとなり、代わりに見も知らぬ女性と酒を飲み親しく会話をしたあの夜――のことについて、更にはその後、裸で町を飛び回っていた(らしい)ことについては、彼の中でもほぼほぼ整理が出来ておらず、そのことを知っている、知っているかもしれない、天台や友枝の関係者には、あまり近くにいて欲しくなかったからである。であるが、


「しかしそれでは富士夫さん、私が天台に叱られてしまいます」と金平の方にも引く気配はない。「ちょっとした買い物や荷物の整理、家の掃除や、なんなら庭のお手入れなど」なんでもするので、先ずはとにかくこちらにいさせて欲しい、「絶対、お邪魔はしませんから」そう彼は言うのだった。


 と言うのも、こちらはこちらで、富士夫に天台からの借りがあることや、また先日、彼が天台所有のホテルでとある女性と密会していたこと等々を――もちろん流石に、例の“ジャンプ”までは聞かされていないが――先ほどの電話で友枝から聞いていたからであり、


『天台からの借りや、コスタさんとのことも、ほのめかし程度になら使ってもいいから』とにかく彼のそばに、というか花盛りの家にいて、『なにか変わったことがあれば連絡して頂戴』


 というのが友枝から彼への依頼、指示だったからである。


「うーん」富士夫は応えた。一度かたく口を閉じ、また開いて、「それでは、お言葉に甘えまして」すぐにお願い出来ることもありませんが、「まずは上がって、お茶でも飲んでいて下さい」と。


 金平瑞人は細くおっとりとした感じの男だったが、と同時に、邪悪かつ狡賢な感じも合わせて持っていたので、簡単には引いてくれないだろう、そう富士夫は考えたのであった。



(続く)

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