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お願いです、殺してください〜冷徹閣下は死にたがり令嬢を溺愛する〜

作者: 夢咲恋歌

雲一つない夜。


月明かりがあたりを照らしていて。


ボロ切れ一枚着ているだけの姿で、


冷たい瓦礫を蹴って、


外に飛び出した。


一面真っ白な雪景色。


見知らぬ土地、見知らぬ世界。


人攫いに連れてこられた未知の世界。


構わず裸足で白く染まった世界を走る。


痛い、冷たい、痛い、痛い、痛い。


「…………っ。」


つんのめって転ぶ。


あちこちから出ている血も、寒さのせいで凝固している。


「…………はぁ…はぁ……。」


雪に身体が埋もれていく。


冷たさも、痛さも、感じなくなってきた。


あぁ、ようやく。


「…………。」


コレで、死ねる。


もう苦しまなくて済むんだと思ったら、ありがたくて、嬉しくて。


眼の前が涙で霞む。


「おい!しっかりしろ!」


頭上から降ってくる声に視線だけを向ける。


「意識はあるな。待ってろ、今────」


あぁ、やっと会えた。


動かしづらい腕をなんとか動かし、コートの端を掴む。


「お願いです、殺してください。」

「!何を……。」

「お願い。私を、殺して。」


もう、楽にさせて。


もう、生きたくないの。


もう、つらい思いしたくないの。


もう、痛い思いはしたくないの。


「お願いしま、す…………。」

「!おいっ。」


お願い、誰か、私を殺して。






ポコポコという水の音に導かれるように目を開く。


「…………?」


見覚えのない天井に恐る恐る身体を起こして、周囲を観察する。


知ってるものは、何もない。


誰も、居ない。


「気がついたか。」

「!」


ノック音とともに入ってきた人物が誰か、聞かなくてもわかる。


最後に手を掴んだ相手だ。


「気分はどうだ。」

「どうして、私は生きているのですか。」

「生かされたからだろう?」

「…………。」


生かされた。


その言葉に、下唇を噛む。


最悪だ。


「そんなに死にたいのか?」

「はい。」

「なぜ?」

「理由を話せば殺してくれるのですか?」

「さぁな。」


ベッドから降りようと、身体を動かす。


「何をしている。」

「出ていきます。お世話になりました。」

「行く宛はあるのか。」

「死に場所は、そこかしこにあります。」


床に足をつければ、身体が傾いて。

明滅する視界に逆らうことなくいれば、たくましい腕に支えられる。


「なぜそんなにも死にたい。」

「理由を話せば殺してくれるのですか。」


先程と同じ言葉を口にすれば、少し考える素振りをみせて。


「良いだろう。」

「!」

「ひと思いに殺してやるから、話せ。」


ようやく、死ねる。


「疲れたからです。見世物にされるのも、生きるのも、蔑まれるのも、つらい思いをすることにも。」

「…………。」

「見ての通り、私は数千万人に一人の確率で現れる左右の瞳の色が違う特異体質です。国の定める重要保護対象です。」

「なるほどな。アレは国での保護を謳った、ただの玩具だ。国に助けを求めないのはソレか?」

「はい。私は、誰かの所有物になりたくないのです。」


私にとってこの出会いは運命。


「貴方にしか頼めません。隔世遺伝という特異体質の貴方なら私を所有物にはしないでしょ?」

「……ふむ。」


黒髪に赤い瞳。


特別の証であるソレは、国中探しても彼一人。


「俺が誰かわかっていて、頼んで居るのか?」

「貴方が“死神公”と呼ばれる陛下のお気に入りなのは知っています。だから、頼んでいます。私を殺してください。」


この人しか居ない。


この人に断られたら、私は自然の中で死ぬしかない。


私の死体が見世物にされる可能性が大いにあるソレだけは、したくなかったけど。


「…………わかった、良いだろう。」

「!」

「だが、条件がある。」

「…………。」

「太れ。そんなガリガリのなりじゃ斬った心地がしない。」

「太れば殺してくれるのですか。」

「第一条件に過ぎない。安心しろ、俺は“死神公”だ。俺の求める死人へのこだわりを満たせたその時、殺してやる。」


太ることは第一条件。


彼の求める死人へのこだわりを満たせば、私は望む死を得られる。


悪い話じゃない。


「わかりました。貴方に殺してもらえるのであれば、その条件満たしてみせます。」

「では、今日からココに住むと良い。そのほうが俺が毎日お前を見られるし、条件を満たせたかどうかすぐに確認できる。」

「そうですね。死への日数が短縮されるのは私としてもありがたいです。」

「決まりだな。俺からの条件を満たすために必要なものがあるならすぐに言え。準備する。」

「わかりました。ありがとうございます、死神公。」

「あぁ。……死にたがりのお嬢さん、俺のことはダンと呼ぶように。それから使用人たちに今の条件のことは他言無用だ。邪魔されてはかなわんからな。異論は?」

「ありません。」

「では死にたがりのお嬢さん、貴方のことはなんと呼べば良い?」


私の、名前。


人さらいに捕まるまで呼ばれていた名前。


「グレースとお呼びください、ダン。」

「わかった。よろしく、グレース。衣食住は提供する。俺が最低限提供するものは条件を満たすために必要なものだと理解し、すべて受け取るように。」

「わかりました、ダン。よろしくお願いします。」


こうして奇妙な同居生活が幕を開けた。






私は、ダンに殺してもらうために条件を満たす。


たったそれだけのことが、とても難しいと思った。


「さすがは死神公……。死人へのこだわりが強いわ。でも、私には彼しかいない。」


太れから始まり、


きれいな衣装に身を包め、


優雅な立ち振舞を覚えろ、


ダンスを覚えろ、


などなど。


どうやら、死神公いわくそれらを極めた女性の死は美しく儚いので満たされるそう。


そのためにわざわざ先生をつけてくれたり、本物を知るほうが良いと貴族の催し物にも参加させてくれた。


かなりお金がかかっていると思う。


だがソレも私が殺してもらう条件だし彼が私を殺すために必要なものだから、気にする必要は無いらしい。


「どうですか、ダン。」

「…………ダメだな。」

「どこがダメですか。」

「前回確認した時よりも痩せたな。太れの条件を満たせていない。」

「…………、わかるのですか。」

「当然だ。俺のこだわりだ、わからない訳が無い。」

「少しくらい妥協を……。」

「ダメだ。諦めろ。」

「……………………わかりました。もう一度太ります。」

「あぁ、そうしろ。」

「ところでダン。どこかへ行くのですか?」

「あぁ。条件を満たせたヤツのところへな。」

「!」

「そんな羨ましそうな顔をするな。では行ってくる。」

「はい。行ってらっしゃい、ダン。」


自分の体を見下ろす。


「頑張ろう。」

「グレース様、家庭教師(せんせい)がお見えです。」

「すぐに行きます。」


死ぬために必要な条件をすべて身につけて、殺してもらうのだから。


そう決意していたのに。


彼が孤児院から子供を連れ帰った時、己の目を疑った。


死神公が、子供を連れている、と。


「グレース、この子を育ててくれ。」

「な…、ま、ど……っ?」

「落ち着け。」

「…………、ダン。なぜ、私が育てるのですか?」

「マイブームなんだ。母親とは美なるもの。」


愕然とする。


「ま、マイブーム…………。」

「あぁ。」

「……………………わかりました。私、頑張ります。」

「頼んだぞ、グレース。」


コレが最後だと告げられた。


もちろん、マイブームが変わらない限りはとも。


つまり、私の最も優先すべきことは彼のマイブームが切り替わる前に条件すべてを満たす死人になること。


新たな決意を胸に、眼の前の子供に視線を向けた。






あれからどれくらいの月日が経っただろう。


「ダン、私は条件を満たせましたか?」

「痩せすぎだ。もう少し、太れ。」

「そんな。私、もう昔のように食べることができません。」


こんなにシワまみれになってしまった。


私も、彼も。


あの日、孤児院から連れて来られた子も素敵な人を見つけて今じゃ社交界きってのおしどり夫婦。


「そうか。では、殺すことはできないな。」


聞き慣れた断り文句に息を吐き出す。


「ダン。」

「なんだ。」

「このままでは貴方に殺してもらう前に、寿命が来てしまいます。」

「グレース。君の寿命が来る前に、俺が先に天寿を全うするよ。」

「あぁ、なんてこと。」


条件を満たせているかの定期確認のお茶会。


窓の外に、ふわふわと白い雪が舞う。


「もう何回この雪を見たかも、忘れてしまいました。貴方に殺してもらうのは、もう無理かしら。」

「そんなことないさ。君が条件を満たせば殺す準備は整っている。」


あの日、雪の中に倒れた私を拾った“死神公”に殺してくれと頼んだ。


あの出会いは、運命だと思った。


「グレース。」

「はい。」

「愛している。」

「私の死体は愛でないでくださいね。」

「つれないな。」

「ダン。」

「なんだ。」

「私は条件を満たせましたか?」


再び尋ねる私に、カップを持ち上げる。


「君ほど立派な淑女はいないさ。」


小さく笑う。


「ひどい人。」

「当然だ。君は死神が親切なヤツだとでも思っていたのか?」

「少なくとも救いの神だと思っていましたよ。ダン、私はすがる相手を間違えたのかしら。」

「さぁな。ただ言えるのはあの時交わした条件を最短で満たせなかった君が悪い。」


そう言って僅かに口角をあげる。


どうやら私は、風変わりな死神に助けを求めたらしい。


おかげで、こんなにも生きてしまったわ。


「ねぇ、ダン。」

「なんだ。」

「白いわね。」

「雪だからな。」

「冷たい人。」

「俺は“死神公”だからな。」


ひらひらと舞う雪。


差し出される手。


「散歩にでも行くか。」

「うっかり転んで死んでしまわないかしら。」

「殺すまで死なせないさ。」


あの日から変わらない、大きな手。


私をいつか殺す手。


そう思っていたのに。


誰よりも私を大切に護る手になってしまったわ。


本当に、困った話よね?

読んでいただき、ありがとうございます

感(ー人ー)謝

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