86.私としては別に聞きたいことってないんだけど
従順で素直で、だが強情で臨機応変。
スパイとして送り込まれてきただけのことはある。
まあいい。
質問に答えてくれるのならありがたく受け取るだけだ。
全面的に信用出来ないのはもう仕方がない。
その辺はシンが上手くやってくれるはず。
「それじゃ。
さっきの話をもっとも詳しく聞きたいんだけど、つまりレスリーの言う神力を持っていたのは始祖さんの奥様だけだったのね?」
「記録に寄ればそうなのですが、何分古い出来事の上にあちこち穴がありまして。
本当にそうだったのかどうかは不明です。
ですが公に神力を行使されたのが始祖の奥様であったことは確かなようです」
「そもそもその奥様はどこから来たの?」
「最初から始祖と一緒だったようです。
始祖は突然現れて傭兵になったとされていますが、その時にはもうご一緒されておられたと」
「傭兵も結婚出来るんだ」
「ああ、正式に婚姻を結ばれたのはずっと後みたいです。
それまでは単なる連れ合いのような形で」
あれ?
何かひっかかる。
「つまり始祖さんはその奥様の保護者みたいなものだったと?」
「そのようです。
昔風に言えば『傭兵とその女』みたいな」
レスリーは平気な顔で言って原色の炭酸を飲んだ。
いささかきわどいことを言っているけど本人は気にしてないみたい。
アニメとかにはあんまり出てこない表現よね。
ハーレムアニメに出てくる主人公の相棒というか、ハーレム要員みたいなものか。
「……ちょっと待って。
つまり、その始祖さんは神力を使わなかっただけで、ひょっとしたら使えたかもしれないわけ?」
「はい。
使わなかったというよりは、使った記録が残っていないので。
ひょっとしたら隠していたのかもしれません」
レスリーは無邪気に言うけど、これって私とシンに当てはまるのでは。
タイロン氏が急いで帰国したのもそのせいか。
レイナを引き取るつもりが戦略の全面的な修正を余儀なくされたと。
「レスリーはこれからどうするつもりなの?」
聞いてみた。
「特に指示がないので現状維持ですね。
私としてもこのままがいいです。
日本は天国です」
心底嬉しそうなレスリー。
まあ、国全体がヲタクの聖地みたいなものだからね。
しかも通っている学校は夜間中学で昼間は自由だ。
授業なんかあってないようなものだろうし、時間をまるまる自分の趣味に費やせる。
「つまり次の命令がくるまでは何もしないと」
「はい。
というかもともと私の任務はレイナ……さんと仲良くなることでしたので。
それ以上の事は期待されていません」
それはそうかも。
レイナが観たり読んだりしているアニメやライトノベルには十代で組織の重要な任務を帯びて活躍しているヒーローやヒロインがよく出てくるけど、現実には無理だ。
レスリーにしても多分偵察要員でしかなかろう。
特に組織の命令で動いているんだったら幹部としても未成年の女の子に複雑だったり重要だったりすることをやらせるとは思えない。
とりあえずは了解した。
さて。
「私としては別に聞きたいことってないんだけど」
「そうみたいですね。
自分にはあまり関係ないって思ってません?」
「それはそう。
どっちみち、私には難しい事は判らないから」
そういうのはシンがやるだろうし。
本当言えばレスリーやあのタイロン氏が所属しているという組織のことは聞きたかったが、重要な事は教えて貰えないだろう。
だったら知らないでいた方が気楽だ。
「このくらいかな」
「そうですね」
レスリーは平然と言って原色の炭酸飲料を飲み干すとお代わりをとりに席を立った。
レイナもコーヒーを飲み干して立ち上がる。
ドリンクバーなんだからお代わりしないのは損だ。
ホットココアを選んで席に戻るとレスリーがさっきとは別の色の炭酸水を飲んでいた。
「そういうの、好きなの?」
「好きです」
美味しそうに飲むなあ。




