74.誰が喰うか!
「そうか。
じゃあ帰って作戦会議ね」
シンが軽やかに言って先に立って歩き出す。
あいかわらずマイペースというか、人の事を気にしない人だ。
でも引っ張っていかれるのは嫌いじゃ無い。
レイナ本人はどちらかと言えば自分から進んで動いたりしたくない方だから。
帰宅してそれぞれの部屋に戻ってからレイナは気楽な格好に着替えてシンの部屋というか家に行った。
渡されている合鍵で勝手に入る。
シンはシャワーを浴びているらしい。
失敗った。
私もそうすれば良かった。
一応声を掛けたらリビングで寛いでいてくれということだったので従う。
相変わらずモデルルームみたいに片付いている部屋だ。
シンの場合、パーソナルスペースはごちゃごちゃなのだが共用部分は異様に片付ける癖がある。
前に聞いてみたら「お客さんが来るかもしれないから」ということだった。
この辺は前世でサラリーマンだった経験が生きているみたい。
喉が渇いたので冷蔵庫から勝手に麦茶を出して、ついでに戸棚から買い置きのお菓子を持ちだしてソファーに坐る。
暇なのでテレビを観ていたらシンが部屋着に着替えて現れた。
「お待ち。
あ、レイナ!
また勝手に」
「お腹が減ったから」
「さっき食事はいいとか言ってなかった?」
「おやつは別腹」
ラブコメみたいになってしまったが、レイナの場合アニメに無意識に影響されているのかもしれない。
またシンが乗ってくるもんだから寸劇になってしまう。
「まあいいよ。
お菓子くらいなら」
「シンも私の部屋の物は好きに食べて良いから」
「誰が喰うか!」
シンは冷蔵庫から缶ビールを持ち出してソファーに座った。
レイナがテレビを消す。
シンは缶を開けてグビグビ飲んでからため息をついた。
「さて。
色々決まったよ」
「そう」
「まず結論から言うと、僕たちは先方と協定を結ぶことになった。
というかそういう方向で行くことに」
シンによればあのタイロン氏は特命全権大使みたいなものだったのだそうだ。
向こうの組織の中でもかなり高い立場にいて、レイナに関する決定をその場で下せる権限を持たされていたとか。
「私だけ?」
「ああ、向こうは聖力を持っているというか、ミルガンテの者はレイナだけだと思っていたらしくてね。
やっぱりレイナを引き取りたいと申し出るつもりだったみたい。
だけど僕が聖力使いだと判ってしまったら大前提が崩れてしまう。
予定通りにはいかなくなったわけだ」
「良かったの?
シンにしてみれば聖女を押しつけて手を引くチャンスだったのでは」
「そんな無責任なことは出来ないよ。
それに聖女の取り扱いに一番詳しいのは僕だからね。
他人に任せる気はない」
それはそうかもしれない。
聖女は第一級爆発物みたいなものだから。
あのタイロン氏やレスリーの態度からして、どうもミルガンテの聖女がどんなものなのか判ってない気がする。
そもそもレイナが聖女候補だったことなど知っているわけがないから当たり前なのだが。
「そういえば途中までしか聞いてないけど、あの人たちってどういう団体なの?」
聞いてみた。
「英国の地方豪族みたいなものらしいよ。
ただそれだけじゃなくて欧州中に根を張っているし世界中に拠点があって色々と動いているらしい。
不動産業はその隠蔽だって」
「やっぱり世界規模なんだ。
悪の組織?」
「いや漫画じゃ無いんだから(笑)。
悪かどうかは知らないけど組織ではあるみたいだね。
まだよく判らないけど」
その辺は追々聞き出す予定だそうだ。
「協定って?」
「とりあえず協力しましょうというところかな。
向こうからは僕たちには不干渉。
こっちからの要求は検討すると言われた」
「ああ、その『始祖』とかの指示で」
「うん。
まあ、そんな何世紀も前の人の命令を馬鹿正直に守っているわけじゃないみたいだけど」




