73.終わったので戻るようにと
レスリーは一言も話さずにエレベーターに乗ると、そこで初めて深々とお辞儀した。
「申し訳ございません。
どうか穏便に」
「別にいいけど。
シンもそうしろと言ってるみたいだし」
ブツブツ呟くレイナに構わずレスリーはこのホテルの最上階にあるらしい展望レストランに入る。
高級そうな店だったが明らかに上流階級っぽい雰囲気をまき散らしている外国人の美少女たちは何も言わないうちに窓際の席に案内された。
他の客は少なかったが全員が、男も女も釘付けだった。
無理ないかも。
もともとレスリーはともかくレイナは普段着でも目立つのに、今はお嬢様然とした服を纏っている。
レイナとしても今回はミルガンテ関係なだけに気合いの入った格好をしてきたのだが、それが裏目に出た形だ。
ただし、例によって気圧された形の周りの人達がレイナ達に干渉してくることはなかった。
ほっとする。
レスリーはまったく気にすることなくメニューを開いてレイナに差し出してきた。
「どうぞ」
「あ、はい」
せっかくなのでコーヒーとガトーショコラを選ぶ。
レスリーがウェイターを呼んで注文したが、同じ物を頼んでいた。
手持ち無沙汰なレイナは窓の外を眺めていた。
暇だ。
「あの」
レスリーがおずおずと言った。
「何?」
「シン……明智様もミルガンテの方なのでしょうか」
ズバッと聞いてくるなあ。
幸い、二人の近くには客がいない。
むしろ密談には適しているかも。
「そうよ。
私とは同郷」
「ですが」
そこにウェイターが近づいて来たのでレスリーは口をつぐむ。
コーヒーとスイーツが配膳されてウェイターが去るまで二人とも黙ったままだった。
「あの」
「そういう話はここではしないで。
今、シンとそちらのタイロンさんが話し合っているし」
「あ、はい。
申し訳ありません」
レスリーの敬語が酷くなってきてない?
そういえば初めて話した時も下僕になりたいとか馬鹿な事を言っていたような。
ハーレムアニメじゃあるまいし。
あ、そういえばこのレスリーって日本のヲタク文化にどっぷり浸かっているのでは。
ゲーム脳とやらになってしまっているのかもしれない。
それからレイナとレスリーはコーヒーを飲み、スイーツを食べながら時間を潰した。
当たり障りの無い会話のネタはすぐに尽きてしまって二人とも無言だ。
いい加減窓の外の景色に飽きて来た頃、不意にレスリーが立ち上がった。
「失礼します」
席を離れてポシェットからスマホを取り出して耳に当てる。
何度か頷いてスマホを仕舞う。
「終わったので戻るようにと」
「判った」
スイーツは食べ終えコーヒーは二杯目だ。
料金はレスリーが払った。
それからまたエレベーターで降りてあの応接室に。
ノックしてから部屋に入ると向かい合って何か話していたシンとタイロン氏が振り返って頷く。
「それではそういうことで」
「よろしくお願いします」
何らかの合意に至ったらしい。
「じゃあ、帰ろうか」
シンが立ち上がった。
タイロン氏はそのまま残るようだ。
レスリーがタイロン氏の向かいに腰掛けるのを尻目に見ながらシンに続いて応接室を出る。
「どうなったの?」
「帰ってからね」
それはそうだ。
ホテルの廊下とはいえ開けっぴろげな場所で話すことではない。
「途中で何か食べて行く?」
「私はいい。
スイーツが思ったより重かった」
コーヒーとの合わせ技でいささかお腹が張っている。
聖力を使えばどうとでもなるが、ほっておけば元に戻るから気にしない。




