71.明智様は日本人でございますね?
「すみません。
あなた方はミルガンテについてどれくらいご存じなのでしょうか」
シンが打って出た。
本格的に絡むことに決めたんだろうな。
向こうに聖力使いがいないとしたらレイナはもちろんシンすら圧倒的に有利な立場に立てる。
聖力は無敵だ。
タイロン氏は咳払いするとレイナの方向いた。
「申し訳ございませんが、それをお話するためにはひとつ条件がございます。
レイナ様は神力をお持ちでしょうか」
こっちでは神力ということになっているらしい。
私がミルガンテ人である証拠を見せろと。
まあ、当然よね。
それではと思ったレイナを遮るようにシンが言った。
「レイナの『力』は強力すぎて、こんなところで発揮したら何があるかわからないので。
でも、ほら」
伸ばしたシンの指先から炎が上がった。
「僕にもこれくらいは出来ます」
「……失礼して」
タイロン氏が手を伸ばしてあっさり炎に触れ、すぐに引っ込めた。
「熱い。
本物の火ですか」
「ええ。
聖……そちらで言う神力は万能ですから。
幻ではなく本物の現象を起こせます」
「……失礼致しました」
タイロン氏が深く頭を下げた。
これまでは主にレイナに向けていた敬意をシンに向けている。
聖力がある人が偉い、ということになっているみたい。
ちらっと見るとレスリーがシンに驚愕の視線を向けていた。
気づいてなかったらしい。
まあ、あんまりシンと接触しなかったし。
「ですが」
タイロン氏が咳払いした。
「明智様は日本人でございますね?」
「ええ。
由緒正しい日本の庶民ですが」
シンが真面目腐って言うがレイナには判った。
楽しんでる!
結構ひねくれた性格をしているのは知っていたけど、ちょっとやり過ぎじゃない?
「なのになぜ神力を」
「それをお話しするためにはもう少し情報が欲しいですね。
貴方たちが何を望んでいるのか」
ああ、そういうことか。
今の寸劇でこっちの立場を強化したわけだ。
当たり前だけど、レスリーたちはレイナだけがいわゆる「神力」持ちであるという前提で動いていたはずだ。
レイナが忽然と現れた得体の知れない不法入国の外国人であるのに対してシンは日本国籍を持つ日本人だ。
しかも経歴がはっきりしている。
ちょっと調べたら判るがシンは順調に学校に通って就職して長年働いていた実績というか記録が残っているはずだ。
そのどこにもミルガンテと関係があるような事実はない。
レスリーたちがミルガンテのことを異世界だと認識していたとしたら、どう考えてもシンが聖力持ちであるはずがない。
だがシンはタイロン氏の目の前で実演して見せた。
向こうからすれば、これからの展開について戦略を大きく変更せざるを得ないだろう。
ここに来る前にシンと話したのだが、シンは多分レイナを引き取るとかそういうことを言われるんじゃないかな、と言っていた。
「僕にはこれまでご苦労様でした、というような事を言って色々持ちかけてくると思う」
「色々って?」
「お金とかコネとかかな。
安全保障もあるかも」
「どうして?」
「聖力持ちは危険だからね。
一般人の手に負えるわけがない。
だから僕に手を引かせてレイナを取り込もうとすると思う」
「どうして?
というかレスリーも別に聖力持ちじゃないけど」
「うん。
でもレスリーが夜間中学に留学してきたことを考えると、向こうは相当の勢力を持つ組織だと思うんだ。
個人は組織の力には絶対に対抗できない」
「……だから私の事は任せてシンには引っ込んでいろ、と」
「そんな風に考えているんだったら簡単なんだけどね」
そういうことか。
だからシンは自分にも価値があるという事実をぶつけたんだろう。
純粋の日本人なのに聖力持ち。
ミルガンテの存在を知っているのなら尚更混乱する。
おそらくこの世界についてよく知らないレイナだけなら上手くやれば取り込めるだろうし、駄目でも最終的には組織の力で押し切れるとか思っていたんだろうなあ。
でも駄目だ。
シンが聖力を使えるのなら、他の聖力持ちがいてもおかしくない。
更に言えば地球人であっても聖力を使えるようになる方法があるのかもしれない。
凄い。
シンってミルガンテの大聖殿でも上手くやれたんじゃないかと思えるくらいの策士じやない?
タイロン氏は頷いた。
「当然でございます。
少し長くなりますが」
「概略でいいですよ。
これは予備会談と認識していますが」
「確かに」
なぜか笑い合うシンとタイロン氏。
年配と若い男なのにその微笑みはそっくりだった。
ああ、そうか。
シンって若く見えるというか肉体年齢は若いんだけど、実際には前世で多分かなりの歳まで生きて、それからミルガンテで成人しているわけだ。
ひょっとしたら精神の年齢はタイロン氏より上かも。




