70.このたびはどういったご用件なのでしょうか
アニメで観たけど英国は今時珍しく貴族制度が残っている国だ。
王様もいるし、民主主義ではあるけど封建制度の名残で上流階級が厳然と存在している。
シンの態度は下層階級に近いんじゃ無いかなあ。
失礼にならなければいいんだけど。
レイナがぼんやりと考えていると執事さんがまったく気にすることなく続けた。
「仕方なくではございますが、このレスリーが派遣されることになりました。
あまりよい人選とは言えませんが、日本語が堪能であることが評価されまして」
「あ、確かにレスリーさんは日本語上手かったです。
私より」
つい口を出してしまうレイナ。
そういえば不思議に思っていたのだ。
レスリーはどうみても純正の英国人だ。
しかも明らかに上流階級のお嬢様。
そんな人がこの歳で日本語ペラペラっておかしくない?
ふと見るとレスリーが真っ赤になっていた。
何かありそうだ。
だがタイロン氏は平然と続けた。
「姪は日本の漫画やアニメの大ファンでして。
私も初めて知ったのですが、原語で日本の文化に触れたいあまりに自力で日本語を学んで」
ああ、そういうパターンか。
恐るべしレスリーさん。
何が凄いかって、今まで私たちにそういう趣味であることをまったく悟らせなかったことだ。
そう言えばレスリーの家に行く話になったときも、自宅じゃなくてモデルルームに案内されたっけ。
多分、自宅は日本のヲタク文化で溢れているに違いない。
「無断で調査させて頂いたことをお詫び致します」
「かまいません。
レスリーさんはお友達です」
つい言ってしまった。
そういえばシンが口出ししてこないな。
レイナに任されているみたい。
「それで」
シンが徐に口を開いた。
「このたびはどういったご用件なのでしょうか」
そうだ。
何か目的があって接触してきたはずだ。
「Milgante」
タイロン氏が唐突に言った。
「その言葉は我々にとって特別な意味を持ちます。
レイナ様のお名前で間違いございませんでしょうか」
「……はい」
そっちか。
というかそれしかない。
前にシンと話したけど、ミルガンテと異世界は明らかに関係がある。
歴史の曙に登場する名前の無い救世主は、どう考えても地球からやってきた人だ。
しかも日本とミルガンテは文化的に連続性がある。
生活用品などそっくりだし、工業基盤がないにも関わらず便利な道具が存在しているし、デザインからして現代日本の物と類似しすぎていた。
その名残が地球に残っていても不思議じゃない。
だからいずれは何かがやってくると覚悟はしていたんだけど。
「重ね重ね失礼致しますが、お二方はMilganteとどういうご関係が」
シンが「どうする?」みたいな視線を送ってきた。
そこまで私に任されるのか。
仕方がない。
『ミルガンテ語は判りますか?』
聞いてみた。
「……申し訳ありません。
今、何と」
『あなたの名前は?』
タイロン氏は黙って頭を下げた。
駄目か。
ミルガンテ人? がいるわけではないと。
「ええと、今のは私の母国の言葉です。
おわかりにならないということは、ミルガンテの人がそっちにいるわけではないんですね」
「は。
始祖はご自身の事はあまりお話になられなかったと記録にございます。
最初は言葉も通じず、数年掛けて英語を習得されたと」
「ああ、そういうことでしたか」
シンがなぜかほっとしたように言った。
向こうにミルガンテ人、それも聖力使いがいる可能性も考えていたらしい。
というか、もしいるとしたら100パーセント聖力使いだろう。
それ以外に転移する方法があるとも思えないし。




