69.それでは失礼して
続いて現れたのは初老の紳士だった。
こちらは何と燕尾服を着用していた。
あれって礼服、それも本当に重要なパーティとかで紳士が着る服よね?
アニメと漫画で何となく男性の公式な服装については知っていたけど、まさか本当にそれを着ている人と会うとは。
しかもこれ、どっちかというと目下の人が目上の人にご挨拶するときの服装じゃなかった?
無言で混乱しているレイナは坐ったままだったが、シンは素早く立ち上がった。
その場できっちりと礼をする。
レスリーが慌てて何か言いかけるのを遮って紳士が言った。
「お気遣いは無用でございます。
私はタイロン・ハモンドと申す者でございます。
このレスリーは姪に当たります」
「ご丁寧に。
私は明智晋、こちらがレイナ・ミルガンテ・アケチです」
え?
言っちゃっていいの?
ていうか何でレイナのフルネームをバラす必要が?
「まあ、お掛け下さい」
「は。
レスリーも」
シンとレイナが椅子に座るのを待ってから紳士とレスリーが対面に腰を下ろした。
早速レイナがコーヒーをサービスしようとしたら慌てたレスリーが「あ、それは私に」と言って仕事を奪われた。
何か変じゃない?
何でこの人達、私みたいな庶民やシンのような若造にへりくだるんだろう。
タイロンさんって最低でも英国の紳士階級、ひょっとしたら貴族家の人で、レスリーもどうみてもお嬢様なのに。
「ところで」
シンがおもむろに言った。
「どこまでご存じですか?
というよりはなぜ判りました?」
「そうですな。
最初からお話した方がよろしいかと。
お時間は大丈夫でございますでしょうか」
紳士、いやタイロンさんが慇懃に聞いてくる。
今気づいたけど、タイロンさんって日本語ペラペラじゃない?
レスリーも日本人並に話すだけど、タイロンさんの言葉はちょっと古い気がする。
アニメで昔の上流階級の人がこんな話し方だったっけ。
いや違う。
これ、貴人に仕える上級使用人、例えば執事とかの話し方じゃない?
アニメのだけど。
「一日空けてありますから。
レイナもいいよね?」
「はい」
ここは流れに身を任せる。
どうせ五里霧中だし。
「それでは失礼して」
紳士はコーヒーに手を付けずに話し始めた。
「最初の情報は日本の出入国管理局でした。
不法入国者の調査書の中にレイナ様のお名前があり、該当者なしという結果であったと」
「ああ、それですか。
ああいう情報って公開されてないですよね?」
「そこはそれ、裏の道がございまして。
その時点ではチェックした程度でございましたが、その後とある地域に集中して怪奇現象が頻発したとの噂が」
失敗った。
レイナの夜間聖力訓練がバレていたというか広まっていたとは。
あんなの都市伝説だと思われるだろうから安心していたのに。
「噂も重なれば事実に近づきます。
そこで追跡調査したところ、レイナ様が明智様の庇護を受けて日本国籍を取得され、当地の学校に通っていると判明いたしました」
「まあ、その辺は調べれば判るか。
隠しようがないからなあ」
シンがぼやいた。
紳士は表情を変えずに続ける。
「これは調査要と意見が一致しまして。
現地調査のために人を送り込むに当たって学校ならば転校か留学でよいのではと愚考したのですが」
ここで初めてタイロン氏が苦笑した。
「まさか夜間中学とは。
人選は困難を極めました。
候補はあまたいたのですが、いずれも名門校に在籍していたり卒業済みでして。
年頃も合わず」
「それは失礼しました。
別に邪魔をしようという意図はなかったんですが」
シンが苦笑しながら頭を掻く。
いつものシンだ。
ざっくばらんすぎるのでは。
相手は下手すると貴族よ?




