43.馬鹿にしないで(怒)
「つまり、普通の神官には限界があると」
「そう。
うっかり聖力を放出しすぎると魂が維持できなくなって死んだり痴呆状態になったりすることもある。
そういう事故は時々あった」
「大変じゃない!」
あれがそんなに危険な行為だったとは。
命がけなのは生活だけじゃなかったのか。
「だから神官は絶対に無理して聖力を使ったりするな、と教えられたよ。
何せ仕事自体が自分の命を削るようなものなんだから当然だけど」
レイナはぞっとして叫んだ。
「……ちょっと待って!
放出出来るのは余剰な聖力だけなんじゃないの?」
「そもそも聖力に余剰とか十分とかいう概念はないんだよ。
僕たちが聖力を使うときは魂を削っている。
そしてあまりにも大量の聖力を失ったら」
死ぬ。
何てことだ。
安全弁のない蛇口があるようなものではないか。
「大聖鏡に触れたら即死するのは?」
「強制的に聖力をもっていかれるからだろうね。
でもあれはちょっと違う気がする。
だって僕もレイナも無事に通り抜けられただろう?」
そういえばそうだった。
シンとレイナは一緒に大聖鏡に飛び込むことによって魂が肉体から引き剥がされ、異世界に来てしまった。
魂だけで。
「そういえば大聖鏡って聖力を吸い取るわけじゃないのね」
「そう。
むしろ通過させるといった方が近い気がする。
その辺りの仕組みはどうなっているのか判らないけど。
……で、話を戻すけど、大量の聖力を持つ人は自分の肉体を維持するだけじゃなくて、多少なりとも周囲に影響を及ぼしているんじゃないかと思うんだよね。
それが多分、そのスカウトさんが言うオーラの正体」
「……なるほど。
生まれつき聖力が強いというか大量に持っている人は無意識に回りに影響しているということね。
存在感というもの?」
「お、レイナもそういう言葉を使えるようになったんだね。
偉い偉い」
「馬鹿にしないで(怒)」
言いながら自分でも慣れたなと思う。
ナオたちに言わせるとレイナの日本語はまだちょっと変だけど、発音なんかはネイティヴ並だそうだ。
耳がいいみたい。
ひょっとしたら聖力で何とかしているのかもしれないけど。
ちなみに夜間中学の授業で英語も習っているけど、こちらはなぜかミルガンテの言葉に近いので習得が楽だった。
日本語より上手いくらいで。
「存在感と言っていいのかどうか判らないけど、妙に目立つ人っているからね。
そのスカウトさんが言っていた『何百人の中でも一目で判る』という奴。
レイナなんかその見本だよ」
ニヤニヤしながら言うシン。
レイナは顔をしかめた。
「困る」
「それが存在感なのかどうかは判らないけど、もし聖力の無意識の放出なんだとしたら意識すれば抑えられるんじゃない?
目立たなくなるかもよ」
「判った。
やってみる。
……そういえばシンはどうなの?
神官だったのならこっちの世界で言うオーラがあるのでは」
「うーん。
自分では判らないけど、確かに前世の時よりは人に意識されるようにはなった気がする。
仕事に役に立つから別に何もしないけど」
「……そういえば聞いてなかったけど、シンって今何の仕事してるの?
サラリーマンは辞めたのよね?」
気になっていたことを聞いてみた。
「うん。
起業した。
これでも社長だよ」
シンが笑いながら話してくれたところによれば、よく判らないけど株とか為替とかを買ったり売ったりするお仕事だそうだ。
形がないどころか物理的に存在してもいないものを売り買いって想像を絶する。
「そんなものでお金が稼げるの?」
「当たればでかい。
外したら破産だけど」
「でもシンってそういう技能ってあったの?」
今までの会社ではシステムエンジニアだとか言っていたけど、それって株とやらの売買には無関係なのでは。
 




