42.足りない?
その夜、帰宅したシンと夕食を一緒に食べながら話してみたら頷かれた。
「何となくは判る気がする。
実は僕も、そういう感覚があるんだよね。
ミルガンテに居た頃は気づかなかったけど」
「そうなの?」
「大聖殿は基本的に聖力がある人しかいないから、特に気にならなかったのかも。
でも日本に戻ってきてからはふわっとだけど感じる事がある。
この感覚、一度目の人生ではなかったんだけどね」
シンによれば単なる日本人だった頃にはそんなものを感じたことはないそうだ。
ミルガンテに転生して大聖鏡を抜けて戻って来てから発覚したらしい。
「多分、聖力に関係しているんだと思う。
オーラだったっけ?
そのスカウトの人が言ったのは」
「うん。
本人もよく判ってないみたいだったけど」
「もしかしたらその人も聖力が使えるのかもしれないな。
そこまではいかないか」
「どういうこと?」
するとシンは箸を置いて聞いてきた。
「聖女教育で習わなかった?
聖力の基礎なんだけど」
「知らない。
聖力って使えるかどうかだけじゃないの?」
「……まあ、聖女だもんな。
よし。
まずは食べよう。
長くなるから残りは後で」
「判った」
ということでレイナとシンは食事の後、リビングに移動した。
コーヒーはレイナが煎れた。
そういう技能も鍛えなければならないと言われて家事はレイナの役目になっている。
後でお皿やフライパンなども洗わなければならない。
その他、共用部分の掃除もレイナの役目だった。
何か専業主婦のようだがシンに養って貰っている以上、そのくらいのサービスはしなければ。
最初はまるで出来なかったが、失敗してもシンが怒らずにまかせてくれたおかげで今では人並みには出来るようになった。
「さて」
シンがコーヒーを啜って言った。
「神官教育で習ったんだけど、僕らは『聖力がある』ということで大聖殿に連れてこられたよね?
あれ、実は嘘というか不正確らしい」
「そうなの!」
知らなかった。
レイナの周りに居たのは護衛騎士から侍女に至るまで全員が聖力持ちだったから、そんな疑問すら湧かなかった。
「魂は聖力で出来ている、という話は聞いたでしょ?
だとすればどんな人でも生きている限りは聖力を持っている事になる」
「そういえば」
「生物は物質である肉体と聖力である魂から出来ていて、どっちかが損なわれれば死ぬ。
魂が消えれば即死するし、肉体が機能を停止したら聖力が抜けて亡骸になってしまう。
これは誰でも知ってるよね」
「うん」
「そして神官や聖女は聖力を使える。
普通の人は使えないのに。
両方とも魂を持っているから普通の人に聖力がないなどという事はあり得ない」
「……」
「なのになぜ聖力を使えないのか?
確定したわけじゃないけど、どうも聖力が足りなくて行使出来ないということらしいんだ」
「足りない?」
「そう。
普通の人が持つ聖力は自分の魂を維持するだけで精一杯で、それ以上の事が出来ない。
神官は余剰というか普通の人より多い聖力があるから放出したり出来るという話」
シンが語ったところでは、シンやレイナが聖力を使えるのは自分の魂を維持するより以上の聖力を持っているからで、ついでに言えばそれを行使出来る技能があるからなのだそうだ。
いや、技能とは違うだろう。
むしろ「体質」に使いのかも。
「聖鏡に聖力を注いでいると何だか自分が消えていくような感覚に襲われることがあるんだ。
神官仲間とよく議論したんだけど、それって限界を超えかけている印なんじゃないかと」
「というと?」
「僕たち神官は自分の意思で聖力を放出出来るんだけど、勢い余って自分の魂を構成している聖力まで放出しちゃっているんじゃないかと。
その話はタブーになっていて、教官に聞いても教えてくれなかったけどね。
でも上の人達はみんな知ってる臭かった」
知らなかった。
レイナにとって聖力は常に使える状態で、聖鏡に聖力を注いでも尽きるとか足りないとかいうことはなかったから。




