3.全部教えなさい
ずんずん歩く男についていくと先ほどの広い場所を抜けて道に入った。
両側には奇妙な家が建ち並んでいる。
やたらに四角張った小さな建物がぎっしりとつまっているようで、どうみてもミルガンテではない。
男はしばらく進んでから細長い建物の前で止まった。
ポケットを探って何かを探す。
「よしあった。
無くしてたらどうしようかと思った」
独り言だったらしい。そのまま金属が剥き出しの階段を上り始めたのでレイナは慌てて叫んだ。
「ここどこ?
なんでそんなに平然としているの?」
「だからここは僕がこの時代に住んでいたアパートだって。
給料安かったから狭くて古いけど、住めば楽しい我が家だよ」
いや、そんなことを聞いているんじゃなくって。
男は2階の一番端のドアに何かしたかと思ったらドアが開いた。
「どうぞ。
狭いけど。
あ、靴は脱いで……って意味ないか」
それはそうだ。
霊体である今のレイナに靴は脱げない。
正確に言えば「靴を履いている」というレイナのイメージが今のレイナを構成しているだけだ。
ちょっと念じると靴が消えた。
靴を履いてないイメージを維持する。
男に続いて奥の部屋に入る。
確かに狭い。
大聖殿のレイナの部屋は側付きや護衛を含めて集まって共同生活するためにかなり広いスペースが当てられていた。
レイナ個人の空間だけでもこの建物全体と同じくらいある。
「何か見覚えがあるような」
「君の護衛騎士とかの共同住宅じゃない?
効率を考えるとどこでも似たような構成になるから」
男は鞄を置いて上着を脱ぐとどっかと座り込んだ。
それから「はああっ!」と大きく息を吐き出す。
「やった。
成功した!
僕は自由だ!」
「それは良かったわね」
あまりのテンションの高さに押されて黙るレイナ。
これはもう、落ち着くまで待つしかないか。
それから数分間、興奮状態の男を横目で見ながら周囲を確認する。
半分くらいは何に使うのか、そもそも意味があるのかどうか判らないような道具が並んでいる。
もちろん理解可能なものもある。
ベッドはレイナの知っているそれとほとんど変わらない。
マットレスが薄いとか天蓋がないとかを除けば。
テーブルと椅子もそうだが、その上に載っているものは理解不能だ。
あの平べったい板は何なんだろう?
蔓草の幹のような紐がたくさん渦巻いているのはなぜ?
いや、そんなことよりも。
「全部教えなさい。
ここはどこなのか、貴方は何物なのか。
そして今、何がどうなっているのか」
少年、いや元神官見習いだった男は一瞬、不思議そうにレイナを見てから頷いた。
「うん、わかった。
でもその前に君の状態を何とかしよう」
「私の状態?」
「そう。
今のままではいずれ聖力を消耗し尽くして消えてしまう。
だから」
男は本棚を調べて分厚い本を取り出した。
「君の身体を作ろう」
そういうわけでレイナは再び男と一緒に歩いている。
と言っても本当に歩いているのは男だけで、レイナは「一緒に歩く」というイメージで隣に居るだけだが。
そもそも魂だけの状態では人の目には見えないので人間のイメージを維持する必要すらないのだが、そうしていないと自分が溶けてなくなってしまうような気がする。
「どこに行くの?」
「確かこの辺りに割と遅くまでやっているホームセンターが……あった」
突然目の前に現れた異形の建物にレイナは息を飲んだ。
広くて大きい割に低い。
というか一階しかないようだ。
その分、天井がやたらに高かった。
既に日が暮れているのに周囲が明るいのは無数の灯が輝いているから。
これほどの聖力を無造作に垂れ流し続けるとは、どれだけ高貴な神殿なのか。
大聖殿ですらここまではやらない。
「ああ、これは聖力じゃないから。
電力と言ってね」
「電力」
「後で説明するよ」




