41.デビューくらいはすぐだと思うけど
ナオはあいかわらずクラブのホステスを続けながら秘書養成の学校に通っているそうだ。
ホステス辞めるつもりなのは本当だったのか。
リンはまだ進路が決まらないらしくてとりあえず高認受験用の勉強をしているのだが、これがなかなか難しいらしい。
「あーっ!
ナオもサリも頭良すぎ!
環境的に一番有利なはずの私が落ちこぼれって」
「まだいい方。
私なんか中学校の教科書でも悪戦苦闘している」
「レイナは今すぐにでもアイドルかモデルになれるでしょ!」
「難しいみたい。
あれはあれで色々と苦労がある」
もちろん、レイナはタレントやアイドルを扱ったアニメを観ているしライトノベルや漫画を読んでいる。
アイドルには地下に住んでいる人もいるらしい。
地上に居る人も裏では壮絶な努力や苦労をしているようだ。
あれが全部本当だとも思えないが、時々テレビのニュースになる悲惨な事件や時事問題のワイドショーで日本の芸能界の闇についても知っている。
近寄りたくない。
「デビューくらいはすぐだと思うけど」
リンはしつこかった。
勉強に飽きたらしい。
丹下先生は新1年生にかかりきりでリンがサボっていても何も言わない。
そもそも夜間中学はやる気がある者のために存在するのであって、不真面目な生徒を立ち直らせる施設ではない。
サボろうと思えばサボり放題だ。
「デビューって」
「今でも歩いているとスカウトされるんでしょ?」
それは本当だ。
どんな格好をしていてもレイナは目立つらしくて、ある程度人通りがある場所に行くと必ずスカウトが寄ってくる。
サングラスをかけたりマスクしたり、パーカーを頭から被っていてもそうなのだから不思議だ。
一度、話が通じそうな相手に聞いてみたことがある。
中年のどこといって特徴のない男だったが、理知的で礼儀正しいのが気に入った。
そのスカウトによると、売れそうなタレントにはオーラがあるそうだ。
何百人の雑踏の中でもそいつだけ浮き上がって見えるという。
「俺もこの業界長いからさ。
何人かそういう人を見た事がある。
スカウト出来なかった人も、別のプロダクションからデビューしたよ」
「そうなんですか」
「もっとも、オーラがあるからといって成功するとは限らないんだけどね。
芸能界ってジャングルだから。
肉食獣が彷徨いてるし弱肉強食で、何より運がないと大成しない」
話が通じそうな人なので、レイナは妥協してファミレスで話をすることにした。
もちろんスカウトに応じることはないと断った上でだが、その男は快諾してくれた。
「この世界って縁なんだよ。
縁をつないでおけば、今は無理でも将来的に何か役に立つかもしれない。
君にも俺にも」
「ならいいですけど」
そういえばリンたちとの関係も縁だ。
夜間中学に行く時には友達が出来るなんて思ってもいなかった。
ファミレスの隅の席に向かい合って坐り、ドリンクバーを注文する。
コーヒーを飲みながら聞いてみた。
「オーラって見えるんですか」
「見えないけど感じる。
でもいつもというわけじゃないし、ちょっと前まであったオーラが消えたり、目立たなかったのに突然まばゆいばかりの輝きを放ったりすることもある。
それに、オーラといってもそういう感覚について俺が勝手に言ってるだけだから」
「つまり錯覚?」
「そうとも言えるね。
他の奴らと話したことがないからこれが共通のものなのかも判らないし」
でもね、とそのスカウトの男は言った。
「こうやってタレントを発掘する仕事をしている仲間って横の繋がりも強いから大抵は知り合いなんだけど、その中の何人かは俺と同じ感覚を持っていると思う。
目を付けるタレントの卵が一緒だとか、色々とね。
そうじゃない奴が大多数だけど」
「つまりむしろ能力だと?」
「運動神経とかそういうのに近いかな。
他の奴らより運動が得意とか」
なるほど。
「あと、オーラは注目を集めることで強くなることもある。
この辺、実は確信はないんだが」
「それはどういう?」
「テレビに出ているタレントや俳優って独特の存在感があるだろう?
でもあれは俺の言うオーラとはちょっと違うんじゃないかと」
よく判らない。
それから色々と話したが、スカウトの男はレイナを勧誘しなかった。
名刺をくれて「何か聞きたい事があったら連絡してくれ」と言っただけだ。
だが最後に言った。
「明智さんだっけ。
正直言うと、君のオーラは桁違いだ。
むしろ芸能界に来て欲しくない。
君がテレビや映画に出たら他の出演者が全員消し飛んでしまいそうな気がする」
「安心して。
出ないから」
「良かった。
それではまた」
飄々と去って行く男の名刺を手にレイナは思った。
オーラって、まさか○ンバインのあれじゃないよね?




