34.それは認識というか観測だね
それでも実験を続けた結果、聖力不足に陥ることなくかなりのことが実現可能だった。
石を両手の平で挟んで粉々にすることが出来るし、軽く地面を蹴って数メートル飛び上がることも出来る。
それどころか飛べる。
ただし、これは結構聖力を消耗するらしくてしばらく飛んでいたら目眩がしてきたので封印している。
同じ原理で生身ではとても持てないような岩や荷物を持ち上げて運べる。
自分の身体を使ったり触れていれば聖力を効率よく使うことが出来るようだ。
だが、遠隔操作は難しかった。
出来なくはない。
離れた所にある物を動かす事も可能だが、かなりの集中を必要とした。
シンに相談したら「それは認識というか観測だね」と判った風に言われた。
聖力を使えば現実をねじ曲げることが出来るが、そのためには現実をよく知っていなければならない。
対象に触れることで現実をよりよく把握出来る。
逆に離れた所には聖力をそこまで伸ばして把握するしかない。
出来なくはないのだが、聖力の消耗が桁違いだ。
「僕なんか無理。
レイナだから何とか可能なだけで」
「そうかな」
「ナンバーズの数値操作なんか凄いよ。
画面越しに見るだけで現実を改変出来るんだから」
私のことを化物だと思っているなと判ってしまうレイナだった。
レイナはそれから河原で向こう岸までジャンプしてみたり、水面を歩いて戻って来たりした。
案外難しくて足首まで水に浸かった。
聖力で乾かす。
アニメに出てくる魔法そのものだ。
もっとも魔法少女とやらにはなりたくないし、そもそもトラブルが近づいて来たら逃げると決めている。
アニメの魔法少女はトラブルが向こうから近寄って来たり、最初から何か使命があって戦ったりしていた。
しかも集団で。
更に言えば魔法といっても派手に爆発したりビームを放ったり。
あれはもう戦士というよりは戦闘兵器なのではないか。
シンに話したら「古い奴はそうでもない」ということだったので探してみたのだが。
やっぱりよく判らない理由で誰かから魔法を貰って使命を果たしたり、あるいは魔法の国とかからやってきたりしていた。
大昔の魔法少女はその国の王女様だったり女王候補だったりして意味不明だった。
何の参考にもならない。
それよりやってみたいことがあった。
河原を歩いて鉄橋の橋桁の下に移動する。
もう真夜中なので電車は通らないから静かなものだ。
ちょっと離れた所に歩道付きの道路橋があるが、もう遅いので時折車が行き来するくらい。
レイナはもう一度聖力で辺りを探って人気がないことを確認してから歌い出した。
「♪」
まずはミルガンテ聖教の聖歌だ。
大聖殿で習った通り、声に聖力を載せて広げる。
自分では判らないが、これをやると聖殿のホールが浪々とした響きで満たされるらしい。
聖女のお役目のひとつだが、ここ数十年は聖女が出なかったのでどんなものなのか知っている人はほとんどいなかったような。
続いてアニメで覚えた歌を歌ってみる。
どうしても魔法少女物の歌になってしまうが仕方がない。
アカペラは難しかったが脳内でバックミュージックを補完して何とかした。
声に少し聖力が載ったようで、これも結構響く。
レイナの部屋でやったら顰蹙ものかもしれない。
「テレビで観たオペラ歌手くらいにはなれそう」
声そのものが変化しているのか、それとも別の理由があるのか判らないが、とてつもない声量が出る。
聖女教育ではせいぜい「お声がけ」程度しか想定されていなかったので、大声で歌うとかやったことがなかったんだけど。
アカペラで劇場中に轟かせることも出来そうだ。
やらないけど。
思う存分歌っていたらさすがに声が枯れてきたので聖力で「治す」。
自分の肉体は自由に制御できるようだ。
でも聖力の消耗は防げないみたいで、すぐにお腹が空くのは困る。
次からはお弁当でも持ってくるか。
一通り歌って気が済んだレイナはジョギングで帰宅した。




