32.こんなに遅くから仕事なんですか?
「訳ありね。
判った」
何が判ったのか聞きそびれたがスルーする。
この件についてはシンと打ち合わせ済みだった。
出来るだけは本当の事を言う。
疑われても「ない」ことを証明なんか出来ないだろうし、個人情報で押し通す。
なのでミルガンテについてもなるべく嘘は言わない。
アニメじゃあるまいし異世界から来たとか判るはずがない。
もちろん聖力については絶対秘密だ。
「あと、むやみに誰かの怪我を治したり命を救ったりしない方がいいよ。
そんな話が広まったら助けを求める連中が押し寄せてくる。
その一部は強引な手段を使ってでもレイナを手に入れようとするだろうし」
「そうか。
こっちの世界には大聖殿はないものね。
誰も守ってくれない」
「その通り。
だからできる限りトラブルは起こさない方がいい。
もしやるんだったら関係者全員を抹殺するくらいの覚悟でいて」
「そこまで?」
「テレビとネットって恐ろしいんだよ。
情報はあっという間に拡散するし、面白半分でフェイクニュースを流して、そのせいで炎上したり最悪は殺されたりする」
そう言った時のシンの表情は真剣だった。
なぜかと聞いたら「レイナに何かあったら僕も巻き込まれるだろ」という返事だった。
確かに(笑)。
「つまり、極力隠してどうしようもない時は全員を口封じすると」
「そのくらいの覚悟でいてくれってこと。
まあ、僕の予想だといずれにしてもレイナは表に出ることになると思うけど」
シンは不気味な預言を残して話を打ち切ったっけ。
ちなみにレイナの設定は「某国で高い身分に生まれて厳しく礼儀などを叩き込まれて育ったんだけど、色々あって事故で日本に来た」ということにした。
嘘は言ってない。
聖女は身分ではないが似たようなものだろう。
いずれは大聖殿のお飾りになるためということで礼儀を厳しく仕込まれた事は本当だ。
もちろん日本の常識とは違うが完璧に叩き込まれた礼儀は所作とか姿勢とかに露骨に出る。
ナオがああ言ったのもそのせいだろう。
水商売と言ってもナオの場合、キャバクラではなく高級クラブのホステスだそうだ。
お客様は社会の上層部に属するセレブたちで、色恋ではなく知的な会話や癒やしを求めてやってくる。
当然、ホステスたちはそのような連中に合わせられる知的能力や知識、および共感性が必要で、ナオが二十歳そこそこでやっていけているのは驚異なのだと後から聞いた。
よほど頭が良くないと無理らしい。
そういうナオだからこそレイナの異質さに気がついたわけか。
その日は渡されたプリントに解答するだけで終わった。
午後9時に授業が終わって解散になったが、ナオはこれから出勤だという。
並んで廊下を歩きながら話す。
「こんなに遅くから仕事なんですか?」
「私達のお客様って大抵、このくらいにならないと身体が空かないから。
それも週に一度がいいところかな」
ナオのお仕事が終わるのは午前2時とかそのくらいらしい。
「毎日じゃないけれどね」
「いつ寝てるの?」
「夜明け前に帰宅して朝ご飯食べて、そのまま昼まで寝てる」
それで夜間中学なのか。
「私は昼間働いているからすぐ帰って寝る」
サリが欠伸しながら言った。
「リンは?」
「一応はアルバイトしてるけど、まだ親のすねかじりだから」
みんなそんなに余裕があるわけではなさそうだ。
レイナの場合、住まいや生活費を全部シンに丸投げなので申し訳なく思ってしまう。
そういう意味では「同郷の者を頼っている」という説明は合っているのだが。
私も働いた方がいいかな、とシンに言ったら「今のところは日本というかこの世界に慣れることを優先して」ということだった。
レイナが働いてお金を稼ぐ必要はまったくないそうだ。
「既にやってもらっている分で当分は十分。
取り分はレイナの口座に振り込んである」
そう、一月に一度くらいは例のナンバーズとかロトとかいうよく判らない「仕事」を振られる。
ネット中継映像を観ながら数字を操作するだけで、シンによれば一度につきかなりの高給取りのサラリーマンの年収くらいは入ってくるらしい。
その半分がレイナの取り分ということだけど、よく判らないからシンに任せている。
シンが作ってくれたクレジットカードという薄い小さな板に加えて、最近は銀行というところで機械からお金を出すことを覚えた。
あまり現金を使う機会はないんだけれど。
普通はクレジットカードとシンがインストールしてくれたスマホのアプリとかで何でも買えてしまう。
みんなと別れて帰宅する途中でコンビニという天国みたいな場所で適当にお菓子を買う。
食べる度にミルガンテの食事って餌だったな、と改めて思ったりして。
自分の部屋に戻ってテレビを観ながら食事する。
それが終わったら勉強だ。
と言ってもアニメや映画を観るだけなのだが。




