29.終わったら手を上げてね
夜間中学校登校初日。
レイナは担任の丹下先生に連れられて教室に入った。
今日は初日ということでシンに聞いて比較的ちゃんとした格好だ。
地味でも派手でもない淡い色合いのワンピースで髪は巻かずに流している。
靴は白いスニーカーだ。
結果としてどっちつかずの格好になってしまった。
「普通、学校って制服とかない?」
シンに聞いてみた。
アニメや漫画を読むと中学や高校の生徒は大抵制服を着て登校している。
それをテーマにしたお話もあるほどだ。
「夜間中学だからね。
制服もあるとは思うけど、着ている人って少ないんじゃないかな」
シンの説明によると、夜間学校に通う人は大抵成人していたり働いていたりするので、言わば未成年の証でもある制服は着ないそうだ。
「でもアニメだと」
「アニメの学校はほぼ昼間でしょ。
それに学校の制服ってある意味礼服なんだよ」
「そうなんだ」
「うん。
例えば何かの儀式、結婚式とかお葬式とか、あるいは大規模なイベントに参加する時って一応は服装規範があって、例えば僕みたいなのはきちんとした礼服を着るのが常識なんだよね。
普通の成人はそれ専用の服を一着用意してあるくらいで。
着て行かないと顰蹙を買う。
でも学生というか生徒って普通はそんなもの持ってないからね。
そういう場合は制服で行く事になっている」
そうなのか。
つまり制服って未成年用の礼服でもあるのね。
「夜間中学の生徒はいいの?」
「いつもは着ない制服をわざわざそのためだけに仕立てるって無駄でしょ。
男は背広、女性は上品な服装で行けば良い」
なるほど。
納得しているとシンが突然笑い出した。
「何?」
「いや、よく考えたら男も女も制服が似合う年頃って限られていると。
だって僕みたいなのが詰め襟の学生服だったりおばさんがセーラー服とか着ていたら避けられるよ」
そういうものなんだろうか。
アニメにはそういう人が出てこないのでレイナにはよく判らない。
ということで、レイナはとりあえずアニメで覚えた女性用の衣類店に行って、よく判らなかったので店員に頼んだのだが。
シンに見せたら爆笑されたけど、直後に謝られながら「似合っている。それでいい」
と言われた。
若干不安はあるけど、レイナも聖女候補だった女だ。
度胸だけはある。
「明智玲奈と言います。
日本語は、まだあまり上手くないのでごめんなさい」
玲奈は当て字だが、対外的にはそれで通す事になっている。
戸籍上の名前と通称が違うのはよくあることだ(違)。
レイナが教壇の横に立ってぺこりと頭を下げると、まばらに坐った色々な年代の人たちがあっけにとられたようにレイナを見つめていた。
誰も何も言わない。
と、突然誰かが拍手して、あっという間に全体に広がった。
良かった。
一応、歓迎されているらしい。
転校生が初めて登校するシーンはアニメで散々見てきたのだか、どうやら現実もそんなに違わないみたい。
「レイナさんは好きな所に坐ってね。
それでは本日の連絡事項です」
丹下先生が色々と話しているのを尻目にレイナは教室の最奥、左の窓際の机についた。
ここは主人公席だと後で気がついたけどもう遅い。
気づかなかったふりをしよう。
目を伏せたまま聖力で観察すると、大半の生徒がレイナをちら見している。
特に十代の男子生徒は興味満々というか、むしろ熱っぽい視線を送ってくる。
女生徒の視線も別の意味で熱い。
何か興味を引くようなことがあるんだろうか。
やがて授業が始まったが、アニメによくあるような先生が黒板に書いてそれを生徒がノートに写す、というようなものではなかった。
むしろ一人一人が自分独自の勉強をしているような。
丹下先生は教室をゆっくり回りながら質問に答えたり指導したりしている。
レイナのところに来ると言った。
「ごめんなさいね。
ここでは一人一人やることが違うの。
課題を出して、それをやって貰う形になる」
「判りました」
「明智さんの実力は事前テストで大体判ったから、とりあえずこの問題をやってみて。
その結果で課題を決めるから」
そう言われて渡されたのは十数枚のプリントだった。
それぞれ教科が違う問題集のようだ。
「わかりました」
「終わったら手を上げてね」
レイナはため息をつくとプリントに向かった。




