342.あの人って結構偉くない?
「ああ、そうだな。
つまりミルガンテという理想郷的な場所があるという信仰みたいな思想が蔓延っていたわけだ。
別におかしなことじゃない。
言わば自分たちの原点だからな」
唸ってしまった。
ミルガンテが理想郷というのはちゃんちゃらおかしいが、状況だけを見たらあながち変でもない。
実際にそこから来た者がいて、自分たちの組織の始原だったことが判っている。
「それで」
「あらゆる機会を捉えてミルガンテという名を確認することが規定路線みたいになっていてな。
俺もよく知らなかったんだが、どうも組織の情報網に『ミルガンテ』が引っかかったらとりあえず調査することになっているそうだ。
というわけでお嬢にたどり着いた」
凄いものだ。
シンやレイナはミルガンテについて別に広報したとか広めたというわけではない。
レイナが日本国籍を取る時に名前の一部としてとり入れただけだ。
それだけでレスリーやタイロンが来た。
あれ?
「タイロンさんはもちろん知ってるよね」
聞いてみた。
「当然だが?」
「あの人って結構偉くない?」
「組織の幹部ではあるな。
トップというわけではないが」
やはり。
「何でそんな人がわざわざ日本に来たりしたの?
というよりレスリーはいきなり私の学校に転校してきたけど」
厳密には転校というわけではないだろうし、そもそもレスリーが夜間中学の正式な生徒だったかどうかも怪しいが。
「それについては私が」
レスリーが言った。
「ミルガンテの確認や調査って、別に専任の工作員がいるわけじゃなくて、その都度都合のいい人が使われるというか依頼されるみたいなんです。
レイナ様の件は、最初は『念のために誰か手空きな奴が見てきて』みたいなものだったらしくて、ちょうど日本でブラブラしていた私に話が回ってきました」
そうだったのか。
レスリーも特別に本国から派遣されたわけじゃなくて、たまたま日本にいて暇だったからその仕事を振られたと。
「暇というわけでもなかったんですが。
調べろと言われても何をどうしたらいいのか判らなかったので、レイナ様が夜間中学の生徒ならその同級生になれば、と」
無茶苦茶な話に聞こえるけど、確かにそうでもしないとレイナのことなんか調べられるわけがない。
知り合いになることすら一苦労だし、まず間違いなく怪しまれてストーカー扱いされる。
「最初は偶然とか何かのきっかけで、とか考えたんですが、レイナ様ってその頃からスカウトに絡まれまくっていたじゃないですか。
下手に声かけても拒絶されるだけだと」
レスリーは渋る両親や研究所の担当者を説得して、何をどうやったのか判らないがまんまと夜間中学に入り込んだ。
幸い夜間中学はクラスがひとつしかない上に学年混合だったのでレイナとごく自然に知り合えた。
「そうだったの」
「私の創意工夫のたまものです。
おかげで私は主を得ました」
レスリーが暴走しかけるのを制止する。
「もうそれはいいから。
で、研究所だったっけ」
「そうだな。
俺も詳しくは知らんが一応、組織内部の企業の総合研究機関という体裁らしい。
色々な専門家が所属していると聞いている」
「専門?」
「中世英語や歴史の研究者に社会学者、地理の専門家なんかだな。
超常現象に詳しい奴もいるらしいぞ。
お嬢のやったことを知って驚喜していると」
嫌だなあ。
研究材料にされたりしない?
「安心しろ。
お嬢の意思が最優先だ。
ただちょっとした実験に協力してくれとかデータ取らせてくれとかは言ってはきそうだが」
断固拒否する!




