341.そんなのどうでもいいのに
どこかで読んだ汎用型の返答を投げる。
知られても別にいいんだけど。
でも今も貴族令嬢だの王家の者だの疑われているのに聖女とか言われてもね。
ていうか、よく考えたら聖女ってぴったりな気がする。
怪我や病気を治せるし。
車をひっくり返したのは武闘派の聖女ということで。
「お嬢の呼び方については議論が起こっていてな」
アルバートが運転しながら言った。
ちなみに車は今、ロンドン市内を抜けて郊外に向かっている。
時計塔に向かっている? と期待したけどあっさり否定された。
アニメじゃないからと。
残念。
「そんなのどうでもいいのに」
「いや、結構重要だぞ。
それによってお嬢とミスター・シンの立ち位置が決まる」
そうなのか。
どうでもいいんだけど。
「ちなみに候補は?」
レスリーが口を挟んだ。
こいつに任せたらとんでもない名になりそうだな。
二つ名付きとか。
「始祖というのが有力だ。
だがそれだと初代と区別がつかなくなる。
再来では意味不明だし始祖をつけると長くなるし」
「そういうレベルまでは決まっているのですか」
アルバートは運転しながら器用に肩を竦めて見せた。
「とんでもない力があることは確かだからな。
問題は、あまりにも昔すぎて組織の大部分で『始祖』のイメージがバラバラなことだ」
そもそもアルバートたち幹部の間ですら、組織の始祖については半信半疑というか、むしろ自分たちには関係ない昔の事だという認識だったそうだ。
実際に見た者がいるわけでもないし、始祖が残したという予言にしてもその大部分は歴史になっている。
つまり、元は予言だったのかもしれないが今は単なる事実でしかない。
組織はかなり前からそんな予言とは関係なく動いていたし、始祖を敬う気持ちも形骸化していた。
ただ「ミルガンテ」という名に対する警戒を惰性で続けていただけで。
でも今頃になって大当たりしてしまった。
しかも始祖とは自分たちが考えていたより遙かに異常で強力な存在だった。
「だから今、幹部連中は始祖の予言を大慌てでチェックし直している。
具体的には研究班に命じてだが」
「そうなの?」
「ああ。
そもそも始祖の予言なんかもう都市伝説だと思っていた奴らが大半だからな。
内容もよく知らないんじゃないか。
とはいえ」
アルバートは苦笑いした。
「俺も実はよく知らん。
あまり興味もなかったしな。
まさか本当だったとは」
だったらなぜレイナを追ってきたりする。
日本で夜間中学に通っていたレイナの元にレスリーを送り込んで来たりして。
そう愚痴ったら「伝統」なのだそうだ。
いつの頃からか組織内部でミルガンテ専従班ともいうべき機構が出来ていて、今では研究所みたいになっているらしい。
「何を研究するの?」
「ミルガンテに関するあらゆる事を。
研究材料は結構残っているからな。
同時に調査もやっている」
始祖はある日突然現れたが、その前にどこで何をしていたのかは不明だ。
本人たちも口をつぐんでいたらしい。
ただミルガンテから来た、というような話は何度か出てきたそうで、組織内部ではミルガンテは魔法の言葉だった。
「『バルス』とか?」
つい聞いてしまったがアルバートは怪訝な顔をしただけだった。
「何だそれは?
どこから出てきた」
とろけそうなレスリーを目で制してから言う。
「どうでもいいでしょ。
で、ミルガンテの話だけど」




