340.レスリー、止めて
「えげつないな……」
「殺らなかっただけ優しいでしょ。
それに被害も最小限に抑えたし」
「車は廃車だがな」
「自業自得」
アルバートはため息をついた。
今更ながらレイナには常識が通じないことを再確認してしまった。
しばらくして聞いてきた。
「……いいのか?」
「何が?」
「あのシンとかいう男の判断を仰がなくて」
「シンには好きにやっていいと言われている。
後始末はしてくれるって」
「ほう」
アルバートは興味深げにレイナを見た。
至って冷静。
あれだけのことをしておいて我関せずか。
「つまりお嬢はあの男に従っているわけじやないと?」
「シンは私がやることには口を出さない。
制限もされていない」
そう、シンはレイナに自由にやれと言ってくれている。
壊そうが殺ろうが勝手に。
レイナに全幅の信頼を置いているように見えるけど実は違う。
シンにはレイナの行動を制限したり止めたりする能力がない。
聖力に差がありすぎる。
だったら自由にやらせてなるべく被害を抑えるように動く方が合理的だ。
レイナの考えとしてはそうなのだが、アルバートは別の意味にとったようだった。
「なるほど。
やはりお嬢の方が主君か」
違うと思うんだけどな。
でも敢えて訂正はしない。
そう思って貰えれば攻撃の矛先がレイナを向くはずだ。
シンに向かうよりずっといい。
聖力は無敵だ。
「さて、どうする?」
アルバートが聞いてきた。
「どうするって?」
「いや」
「観光に来たんでしょ。
次はどこ?」
レイナとしては当たり前の反応だったのだが、アルバートは深くため息をついたしレスリーは熱狂的にレイナを拝んでいた。
「レスリー、止めて」
「やはり東洋式の礼では駄目でしょうか。
アラブ風とか?
仏教の五体投地はここでは難しいので」
「だから普通にして」
何とか侍女に戻って貰った。
それだって面倒くさいことには変わりは無いけど。
先が思いやられる。
それからレイナは運転手と侍女を引き連れてロンドン市内を観光した。
レイナが車から出ると人が集まってくるので車窓観光だったけど。
それでも楽しかった。
時々はレスリーに屋台や露店の食べ物を買ってこさせて食べた。
「美味しい」
「レイナ様は何でもそう言いますね」
「だって美味しいでしょう」
アルバートが呆れたようにため息をつく。
未だにレイナの印象が定まっていないらしい。
「何で外見も礼儀も完璧なのに性癖だけ残念なんだ……」
「別にいいでしょう。
もう禁止されていないんだし」
うっかり口を滑らせた。
まあ、いいか。
「ほう」
じわっと笑うアルバート。
「つまり、そういうことをするのを禁止された環境で育ったと。
で、逃げた?」
「ノーコメント」




