326.僕は何もしたくないんだけどね。
「レイナは当事者だし、向こうにとってみたいら僕なんかよりレイナの方が重要だよ。
何せ始祖の再来なんだから」
そうなってしまったのか。
聖力をばらまきすぎたかなあ。
でもあれはシンの指示だったし。
「これからどうなるの?」
聞いてみたらシンは珍しくニヤッと笑った。
人の悪そうな笑顔だった。
「今の僕たちの立場は圧倒的に有利だから。
大抵の要求は通ると思う。
僕としては顧問みたいな形で関わったらいいんじゃないかと」
「それでいいの?」
シンだったらそれこそレイナと組織を操って世界征服くらい出来そうなのに。
「僕は何もしたくないんだけどね。
でも、どうもタイロンさんの組織に協力して貰わないと拙いことになりそうだから」
何それ?
聞こうとした時にノックの音がした。
レスリーがさっと現れてドアを開ける。
アルバートが入って来た。
相変わらず堂々としている。
こういうのが「大人の男」なのかも。
もちろんシンの方が上だけど。
アルバートは座っている二人に礼をとってから言った。
「坐っても?」
「どうぞ」
いちいち断るのか。
立場を弁えた大人の対応だ。
こういうところは真似出来ないなあ。
ミルガンテの聖女候補だった時も似たような状態だけど、もうあんなのはやりたくない。
アルバートがレイナとシンの対面に腰を下ろすとレスリーが紅茶を配膳した。
コーヒーじゃないんだ。
英国風か。
アルバートは一口啜ってから徐に言った。
「結論から言うと、ウェイターたちが犯人だった。
と言ってもあの連中はもちろん本業じゃない」
「だろうね。
みんな歳取りすぎていたし」
シンが言って初めて思い当たる。
確かにお世辞にも若いどころか中年すらいなかったような。
組織の本部なんだから古くから居る信頼出来る使用人かと思っていたんだけど。
「准幹部というかな。
まぁ、それなりの立場の連中が貴方たちを一目でもいいから観たいと言い張ってね。
ウェイターに化けていたわけだ」
「で、その中の一人が始祖の再来とやらを試してやれと?」
「一人じゃなかったがな。
すぐに白状したよ。
証拠も押さえた。
馬鹿なことをしたもんだ」
アルバートは呆れ果てていた。
いや?
これも演技かも。
外見からは判らないのよね。
レイナの聖力は無敵だけど、それは物理面に限られる。
人の心を読むとか操作するとかは出来ない。
それどころかレイナは人の感情に疎い。
相手の態度や表情から思考を読むとか推測するとかも苦手だ。
簡単に誤魔化されそう。
大聖殿にいた頃からそれは同じで聖女としていかがなものかと思っていたんだけど、あるとき教育係の大神官に聞いたら即答された。
「聖女様はそれで良いのです。
放たれた言葉はそのままお受け取り下さい。
内実など無視してよろしい」
「それだと欺されない?」
「良いではありませんか。
欺瞞はいつか必ず暴かれます。
そして一度失った信用は二度と戻りません」
聖女様は無敵であられますから、と。
そうなんだろうな。
レイナは人を疑わなくてもいい。
それは逆に言うと誰も信用も信頼もしないでもいいということだ。
過度の依存も駄目。
レイナ自身が最強最悪の兵器なのだから、その引き金は常にレイナ自身が握っておく必要がある。
欺されたらどうするって?
欺した相手を殲滅するだけだ。
 




