317.親衛隊ってファンなのに?
ていうかレスリーってやっぱり私を推していたのか。
それどころじゃないような気もするけど。
確か推し活って推しと適切な距離を保つんじゃなかった?
思わずレスリーを見ると慌てて弁解を始めた。
「遠くから推している段階は過ぎました。
今の私はレイナ様ファンクラブ会長、というよりは親衛隊の隊長です!」
そんな訳の判らない概念を堂々と押しつけてくるんじゃない!
ところがシンは納得したように頷いた。
「なるほど。
親衛隊か」
「はい!
それも20世紀の物と自負しています」
シンとレスリーが謎の会話をしている。
シンもヲタクだったのか。
「いやいや、僕はサブカルをちょっと囓っただけで。
でも20世紀の日本のアイドルについてはちょっと知っているんだよ。
学生時代の友人にハマッた奴がいてね」
言い訳しなくてもいいから。
でも興味はある。
「20世紀のアイドルって親衛隊とかいたの?」
やはり鉤十字のついた腕章をつけてみんな揃いの制服を着ているんだろうか。
「ナチスドイツのとは違うよ。
何というか、統制されたファンの集まりというか」
シンが慌てて弁解するのを尻目にレスリーは落ち着き払ってスープを飲んでから言った。
「昔のアイドルって今みたいな集団とかグループじゃなくてほとんどが単体だったんですよ。
なのでファンも一極集中でコンサートなんかは凄い事になるので、アイドルの出待ちに大量に人が集まってしまって危険なほどで。
そこでアイドルを守るために親衛隊と称する熱狂的なファングループが組織されていたんです」
「むしろ親衛隊がないアイドルは売れていないと見なされるほどだったらしいよ。
なので所属事務所がアイドルのデビュー前から人を集めて親衛隊を作ったりして」
そうなの?
「親衛隊ってファンなのに?」
「デビュー前からファンがいるって変でしょう。
だから事務所が日当払って雇うわけ。
まだ無名のうちからコンサートで揃って応援したりしてね。
親衛隊がいるほどのアイドルならきっと凄いはずだと思われて、それから本当のファンが集まってきて」
つまり商売か。
世知辛いというか何というか。
でも芸能界ってお金がかかるのよね。
だから売れないとやっていけない。
売るためには何でもすると。
「そんな世界があったなんて」
思わず呟いたらレスリーが反応した。
「私も直接知っているわけじゃないんですが、20世紀の芸能界やアイドルをテーマにしたコミックには時々出てきますよ。
当時は今みたいなアイドル乱立じゃなくて、芸能事務所が大々的にオーディションして選んだたった一人のアイドルを売り出すのに何十億円もかけたそうです」
「そうなの!」
今のアイドル事情にすら疎いレイナには想像もつかない世界だ。
「でもアイドルって色々でしょう。
テレビに出ている人の他にも地下で踊っている人達とか」
「そういうのは21世紀になってから出てきたタイプですね。
今は極端に言えば誰でもアイドルになれる時代ですから」
平然とのたまうレスリー。
こいつ、アイドルヲタクじゃなかったはずなのに。
「こんなの常識です」
「どこの常識よ」
ミルガンテに比べて地球は情報量が多すぎる。
社会の複雑さも桁違いだ。
みんなよくやっていけてるなあ。
感心してしまうレイナだった。
「……つまりレスリーさんはレイナの大ファンということでいいんだよね?」
ずっと黙っていたシンが口を挟んだ。
ヲタク談義の最中は黙っている必要があることは知っているみたい。
多分、昔のシンの友達とやらも似たようなタイプだったんだろうな。
しゃべり出したら止まらない。
逆らっても無駄だ。




