310.新記録じゃないんだからいいじゃない
「これから泳ぎに行ける?」
「少しお待ちください」
レスリーが内線電話でどこかに連絡した。
「準備と人払いに30分くらいかかるそうです。
その後なら」
「判った」
面倒くさいなあ。
仕方なくお花畑に行ってからソファーでテレビを観る。
レスリーも居座っていた。
完全に侍女になる気のようだ。
いると便利だからいいけど。
中途半端な時間なのでレスリーと雑談していたら内線電話が鳴った。
「準備出来たそうです」
「なら行こうか」
ということでレスリーと二人で泳いだ。
人払いが徹底されたらしくてカウンターの受付の人すらいなかった。
「普通は監視の人くらいはいない?」
「レイナ様に限っては必要なしと判断したのでは」
まあ、いらないけど。
誰も観てないのをいいことにちょっと本気を出してみる。
素潜りでプールを何往復もしたら叱られた。
「誰もいないといっても監視カメラくらいはあります!
あまり人外なことをされては」
「ご免」
それからは大人しくクロールや平泳ぎでプールを往復しているといつの間にかストップウォッチを持ったレスリーがプールサイドにいた。
「レイナ様。
自由形でオリンピック予選を通過してます。
もっと抑えて」
「新記録じゃないんだからいいじゃない」
「駄目です」
侍女ってそういう役目だったっけ。
主人の暴走を止めたり後始末したりするのか。
飽きたのでジャグジーに入ってシャワーを浴びてからスパに行った。
大きなお風呂にまったりと浸かる。
もちろん水着をつけたままだ。
監視カメラがあると聞いたら全裸になんかなれるわけがない。
もっとも温泉に全裸で浸かるって日本の習慣らしいけど。
「ここは温泉じゃなくてボイラー炊きみたいですけど」
「つまり何かの効用はないと」
「そうですね。
英国にも温泉はあるんですが、あまりポピュラーじゃないので」
一緒に浸かりながらレスリーの講義を聞く。
英国は、というよりはブリテン島にはローマの準州だった頃からローマ式の公共浴場があったという。
別に英国だけじゃなくて、そういう施設は欧州中にあるとか。
「そうなの?」
「ローマ人は植民地にした場所に自分たちの文化を持ち込む癖があったみたいです。
公衆浴場やコロセウムなんかですね。
それを現地の人がそれぞれ独自に発展させたとか。
ハンガリーなんか有名です。
私は行ったことありませんけど、巨大な屋内浴場とか野外の温泉プールなんかの施設もたくさんあるらしいです」
「それは入ってみたいな」
つい言ったら睨まれた。
「そんな周囲から丸見えなところにレイナ様が行ったら大騒ぎになりますよ?
ウィンザー城どころじゃなくて」
「そうか」
この容姿のせいか。
レイナとしてはどうでもいいような外見で行動の自由が制限されている。
聖力で何とかしたいけど、一時は出来ても気を緩めたら元に戻ってしまうだろう。
人の外見は魂の形という話だから、姿を変えたら魂も変になってしまうかもしれないし。
「あのですね」
レスリーがため息をついた。
「レイナ様がメチャクチャ目立つのは外見だけのせいじゃないですよ。
存在感や後光も凄いですし、それを抜いても姿勢が」
そうなのか。
自分では全然感じないのに。
 




