26.そうしようかな
それから、とおばさんは別の書類を取り出す。
「レイナさんの日本語もかなり上達したようですので、そろそろ夜間中学などに通われてはいかがでしょうか。
この地区には実績ある夜間学校がありますから、勉強というよりは日本の社会に慣れるための一環として」
「それはいいですね」
レイナが何か言う前にシンが頷いてしまった。
レイナとしては出来ればあまりたくさんの人とは接触したくないのだが、確かにこれからずっとシンに寄生して生きていくわけにもいかない。
この異世界で自力で生活していけるくらいにならないと。
夕食の後、聞いてみた。
「これからどうなるの?」
「僕が身元引受人になるからレイナは国籍取れるよ。
そうしたら何でもし放題だ。
免許取ったり学校に行ったり」
「そう、さっきおばさんが言った学校って?」
「この国ではある程度の年齢になると集まって勉強することになっているんだ。
そこで色々な知識や社会について学ぶ。
あと人との付き合い方なんかも」
そう言いながらシンはちょっと不満そうだった。
そんなのいらないよね、とか小声で呟いていたりして。
「でも私、そんなところに行ってないけど」
「基礎教育は住民票がある住民だけだね。
なので成人してから移民してきたりした人は受けない。
子供は役所に登録していれば連絡が来るけど」
「そうか」
「レイナは不法入国者でしかも基礎教育年齢を過ぎているから本当は義務教育を受ける必要がない。
というよりは国はそれを求めないというべきかな」
「だったら」
「それでも日本の基礎教育を受けたいという人のために、国や自治体が学校を用意しているんだ。
夜間だけど」
夜に?
何で?
「そういう人たちって大抵、昼間は働いているんだよ。
だから仕事が終わってから登校する」
「なるほど」
「僕もよく知らないんだけど、生徒には色々な人がいるらしいよ。
卒業すれば義務教育が完了したということで、もっと上の学校に行く資格が貰える」
「それはいいかな」
少なくとも当分の間は。
今は子供用の絵本や児童向けの小説を読むのにも苦労しているし、この上で学問とか無理。
「行ってみる?
嫌だったら止めればいいし」
「そうしようかな」
というわけで早速シンが手続きをしてくれた。
その学校はレイナ達が住んでいるマンションから歩いて十分程度の場所にあった。
時々散歩の途中で横を通るのだが、何だかやたらに広くて何もない広場に古びた四角い無骨な建物が建っていて、何かの宗教施設か軍隊の駐屯地ではないかと思っていたんだけど。
シンと一緒に校長と名乗る年配の人に挨拶してから学級担任とやらに引き合わされる。
中年の女性だった。
「レイナ・ミルガンテ・明智です」
姓を決めなくてはならないということで、レイナに馴染みのある異世界の国の名を拝借した。
こっちの世界ではまずあり得ない家名なのでいいだろうと。
日本国籍なので一応、シンの家名も拝借する。
別に養子に入ったり結婚したりするわけではないのだが、カタカナ名だけよりはそれっぽく見える。
「保護者の明智晋です。
レイナとの関係はまあ、親代わりといったところで」
シンの言い訳に女教師はうろんな目を向けたが何も言わなかった。
夜間中学に来るような生徒の事情には踏み込まないことにしているらしい。
「矢津第二中学校教諭の丹下です。
夜間中学学級の担任をしています。
よろしく、レイナさん」
それだけだった。
シンが役所から回ってきた書類を学校の事務とやらに提出している間に教室を案内して貰った。
机がいくつか並んでいるだけのがらんとした部屋だった。
「一日4校時で一校時は40分。
平日の午後5時半から始まって終わるのは午後9時。
1校時終了後に給食が出ます」
食事が出るらしい。
「それ、どうしても食べなきゃならないんですか」
「コミュニケーションのために学級ごとに一緒に食事することが義務になっているのよ。
まあ、色々な事情で参加出来ない人もいるけど」




