2.どこに行くの?
レイナは思わず少年を「見た」。
確かに聖力が少しずつ漏れ出している。
身体の輪郭もぼやけているような?
魂だけになっても聖力で人の姿を保っているが、それは幻だ。
物質の拠り所がない聖力は自らを維持出来ない。
つまりこの少年はもうすぐ「死ぬ」。
レイナは自分を見てみた。
聖力の消耗は少年と同じように続いているが、何せレイナの聖力は少年と比べても桁違いだ。
容量にして百倍以上はあるだろう。
だから当分はこの姿を維持出来るはずだが、いずれは消滅してしまう。
「貴方、自殺したかったの?」
思わず聞いてしまってから気がついた。
そんなはずはない。
ただ死ぬのならいくらでも方法がある。
それに、わざわざ神官教育が終わったパーティ時にやらなくてもいい。
「……思ったより頭が切れるな。
聖女様はもっとぼんやりだと思っていたんだけど」
「そのふりをしていないと色々と面倒くさいから」
つい応えてしまってから気がついて怒鳴りつける。
「それよりこれからどうするの?
貴方もうすぐ本当に死ぬわよ?
ていうか死ぬ前にどうなっているのか教えなさいよ!」
「うん。
ちょっと待ってね。
ほら来た」
少年が唐突に立ち上がった。
視線をこの場所の入り口のような場所に向けている。
つられて見たら男が一人が踏み込んでくるところだった。
身体にぴったり合った服を着ていて、肩から鞄を下げている。
上下が同じ色なので、全体で一着の服なのだろう。
首には細い紐を巻いていて、何となく正式な衣装に見える。
全体的に草臥れているが。
それに?
「え?」
歳の頃はよく判らないが成人していることは確かだった。
少年期特有の溌剌とした印象がなく、それどころか疲れ切った老神官のような雰囲気を醸し出している。
だが驚いたのはそこではない。
思わず隣に立っている少年を見上げてしまった。
そっくりだ。
というよりは少年があと二十年くらい歳をとったらそうなりそうな容姿だ。
「あれって」
「うん。
彼には僕たちは見えていないはずだから。
では失礼して」
少年はごく自然に踏み出した。
そのまま男の方に向かって行く。
男は何も気づかないままこの場所を横切ろうとしているようだった。
足取りに乱れはない。
斜め方向から接近してくる少年に気づかないまま、二人は衝突した。
というか「重なった」。
次の瞬間、少年の姿は消えていた。
残された男は立ち止まって身体を撫で回したりあちこち叩いたりしている。
呆然と見守るレイナの前で一連のパントマイムを繰り広げてから、男は破顔した。
レイナに近寄ってくると自慢げに言う。
「成功だ!
僕は僕のままだ」
「何それ?
あなた、その人を乗っ取ったの?」
「人聞きの悪い。
僕が僕に戻っただけだよ」
口調も仕草も少年とそっくりだが、男は明らかに成人だ。
歳の頃はよく判らないが30歳くらいだろうか。
さっきは老人に見えたが今は違う。
全身から滲み出る活力が男を若返らせていた。
「とりあえず移動しよう。
こっち」
あまりにも平然と言われたので思わず従ってしまった。
少年、いや男は最初はおっかなびっくり歩いていたが、すぐに調子を取り戻したようで快活な足取りだった。
「どこに行くの?」
「僕の家」
家があるの?
何でミルガンテの神官見習いだったこの男の家がこの得体の知れない場所に?