264.その日本式カレーが好きだと
アルバート氏は降参するように両手を挙げた。
「判った判った。
無礼は謝る。
ご機嫌を損ねないようにタイロンから言われているからな。
で、いいかな」
何とも人をくった男だった。
今までレイナが会ったことがないタイプだ。
ミルガンテでも日本でもこういう人はいなかったような。
ストレートに殴ってくるようなのばっかりだったからなあ。
「いいけど。
何を聞きたいの?
あ、答えたくない事は言わないから」
そこのところは押さえておく。
「了解した。
ということで」
アルバート氏が聞いてきたのはどうでもいいような事ばかりだった。
日本では何をしていたとか。
学校に行っているのかとか。
飯は美味いかとか。
「ご飯は何でも美味しい。
私としてはステーキが一番だけど」
つい真面目に答えてしまった。
「そうか。
ちなみに俺はカレーだな。
日本に行って始めて本物のカレーライスを食った」
「カレーって英国から伝わったって聞いたけど」
「英国に伝わったのはインドのカレーというか、香辛料の塊みたいなものだ。
それを日本人が自分好みにアレンジした」
やたらと熱が入った言い方だ。
クールに見えて実は熱い漢なのかも。
「その日本式カレーが好きだと」
「ああ。
何が良いかといって辛さを自分で選べるのがいい。
しかもアレンジし放題だ。
俺はいつも『大辛』のルーを買って色々加えている」
え?
「自分で作ってるの?」
「もちろんだ。
英国にはまともな日本カレーの店なんかないからな。
インドカレーはあるが、あれはイマイチだ。
やはりナンよりは米じゃないと」
一体何の話をしているんだろう。
さすがに呆れてため息をついたらアルバート氏も決まり悪げに咳払いして言った。
「すまん。
こういう話が出来る相手がなかなかいなくてな。
これで学生時代からの友人をかなり無くした」
「そうなの」
だから何だというのだ。
アンタの友人関係なんか知った事か。
「それで?」
「いや。
俺としてはちょっと君と話したかっただけなのだが」
「それで護衛のふりをしたと?」
「護衛でもある。
これでも海兵隊出身だ」
なるほど。
やはり軍人上がりだったのか。
それなら寡黙すぎる態度も一度崩れるとエスカレートする様子も頷ける?
どうでもいいけど。
「それで?
私と話せて満足した?」
聞いてみた。
「まあな。
最初はお人形さんかと思っていたが、どうして。
中身は外見と真逆だ」
ほう。
判るのか。
「レイナ嬢。
あんた人を殺せるだろ?
殺ったことはあるか?」
 




