249.……Isn't that weird?
全員の紹介が済むとちょっとした沈黙が漂い、タイロン氏が咳払いして言った。
「改めてお礼を申し上げます。
遠路はるばるご苦労様でございました」
せっかくタイロン氏が日本語で言ってくれているのにシンの答えは英語だった。
「Don't worry. Reina and I have always wanted to come to the UK.」
何となく言いたいことは判った。
自分の名前が入っているからアレだろうな。
いいけど。
でもシンの言い方だと観光に来たみたいだ。
それから相手が質問してシンが答えるという形での会談が始まった。
と言ってもまずは当たり障りのないご機嫌伺いみたいな話らしい。
ちなみにタイロン氏以外の会話は全部英語だ。
というか日本語ではない。
レイナの場合、そもそも日本語が母国語というわけではないので理解度は英語と似たようなものなのだが、やはり使用頻度が桁違いなので日本語の方が判りやすい。
英語はヒヤリングがちょっと。
踏んだ場数が違う。
こればかりは聖力があってもどうしようもない。
自己紹介や名前くらいは判るけど、ちょっと難しい話になると理解不能。
すぐに退屈したレイナは暇つぶしに聖力で部屋に居る人たちを観察してみた。
秘書の人達は特に問題なし。
その他にもちょっと調子が悪そうな人は何人かいたけど大したことはなさそう。
でも対面の真ん中に坐っている女性がひっかかった。
胴体の一部が歪んでいる?
じゃなくて身体中に影が散らばっている。
聖力で「観て」いるので物理的に歪んでいるわけではないけれど、日本の空港で観た女性と同質の異常だ。
「シン」
普通に言ったつもりだったのだがレイナの声は部屋の空気を切り裂いた。
会話が途絶える。
「何だい?」
女性を指さす。
「この人、内臓に影があるんだけど。
治していい?」
「いいよ」
簡単に答えるシン。
「判った」
レイナは「治した」。
「……Isn't that weird?」
その女性、シャロンと名乗った初老の婦人は戸惑ったように声を上げた。
「What's wrong?」
タイロン氏が聞く。
「……Suddenly, I felt fatigued.……」
不思議そうに自分の身体を触っている婦人を見てからタイロン氏がレイナに尋ねる。
「何か……なさいました?」
「うん。
この人の身体に影があったから払った」
言ってから気がついた。
日本語じゃ通じないのでは。
「ええと。
I deleted it because there was something wrong.」
で良かったっけ。
中学生の教科書の例文みたいになってしまったけど、そもそもレイナはそういう文章しか習っていない。
部屋に居るシン以外の全員が驚愕の表情でレイナを見ている。
通じたみたい。
状況は急展開した。
会談はとりあえず中断。
初老の婦人を急遽精密検査すると言う事でタイロン氏たちは撤収。
レイナとシンには丁寧にお詫びの上、どうかホテルで待機していただけないかと打診された。
「嫌とは言えないよね」
シンたちとレスリー以外がいなくなった会議室で椅子の背にもたれながらシンは笑っていたけど、こんな事態を想定していたの?
「いや?
まあ、どっかの時点でレイナが何かやらかすだろうとは思っていたけどね」
「それは酷い」
「タイロン氏たちだって確認したかったはずだよ?
穏便に済んだ方なんじゃないの」
シンって策士ではあるけど時々いい加減というか適当になるのよね。
サイコロ投げて出た目で決めるとか。
それで何とかしてしまうんだから凄いけど。




