22.日本語は出来ますか?
一日中閉じこもっていると身体に悪いからと、夜中に近所をこっそり歩き回ることも覚えた。
シンが言うには日本という国は若い女性がそれが出来る希有な場所なのだそうだ。
普通は襲われるらしい。
「レイナは誰が来たって撃退出来るとは思うけど、この段階で警察に来られたら拙いからなるべく」
警察というのは法を守る組織で、だけどレイナの立場は不法移民なので関わると問題になるのだそうだ。
なのでレイナは外出する時はだぼっとした運動着を着て長い髪をまとめて帽子に入れ、さらにマスクをする。
これで大体、人目を引かずに済む。
聖力をほんのちょっと使う事でシンとレイナが住んでいるアパートの位置を記憶して、万一の場合は転移出来るようにしておく。
だが一度やってみたら聖力がごそっと減ったので滅多には使えない。
だからレイナが出歩くための地図が欲しいと言ったらシンが手の平サイズの薄い板を買ってくれた。
「これ、自分が今どこにいるかを教えてくれるし、地図も出せるから。
戻り方も教えてくれるし。
あと僕に連絡も出来る」
スマホというものだそうだ。
その他にも色々出来るそうだが、あまりにも複雑なのでとりあえず地図を出してシンのアパートの位置を調べる方法と、あとは連絡手段を教えて貰った。
離れていても会話が出来るらしい。
聖力も使わずに凄い。
「先は遠いなあ」
「焦ることないよ。
まずはこっちの世界の常識を理解することだね」
そんなこんなで一月もするとかなり判ってきた。
シンとレイナが住んでいる家はアパートと言って、比較的裕福では無い階層の人が住む共同住宅なのだそうだ。
こっちの世界では土地が足りなくて、というよりは人口が多すぎて一軒家に住めるのはお金持ちだけだとか。
実際にはお金持ちでも共同住宅に住んでいる人もいるし、田舎に行けばどんなに貧乏でも家は一軒家らしい。
慣れてきたので日中でも出歩いてもいいよ、とシンに言われてレイナはあちこち歩き回った。
最初外出した時に乗った電車とか、あるいは馬が引かなくても動く車はまだ早いと言われたので使っていない。
幸いにして歩いて行ける場所にも色々と施設があり、特に公園といわれた空き地は気に入った。
大抵は誰もいなくて、レイナは日本語の教本を持っていってそこで読んだりしていた。
時々親子が来て遊具で遊んだりしていたがレイナとは没交渉だった。
「言葉が通じそうにもないから没交渉なんじゃないかな」
シンに言うと肩を竦められた。
「後、この国では知らない人と親しく会話したりはしないのが常識だからね。
その点は幸運だった」
「違う国もあるの?」
「僕もよく知らないけどあるらしいよ。
まあ、そんなことは後にして、そろそろレイナの身分を作ろうか」
そんなことが出来るのか。
聖力で何とかするのかと思ったが、実際にシンがやったのはごく当たり前の方法だった。
シンはレイナに地味だが清潔な服を着せて立派な建物に連れて行った。
どことなく大聖殿の神官的な態度をとる人に色々と話してからしばらくしてシンとレイナが通されたのは小さな部屋だった。
そこでシンとレイナは相手の男に色々と聞かれ、レイナが何とか覚えたつたない日本語で正直に話す。
そうしろとシンに言われたので。
「どこから来ました?」
「ミルガンテです」
「それはどこにありますか?」
「わかりません」
「どうやって来たんですか?」
「わかりません。
気がついたらここに来ていました」
嘘は言っていない。
「日本語は出来ますか?」
「勉強しています」
「日本語は書けますか?」
「ひらがななら」
「その、ミルガンテ語ですか、何か書いてみていただけますか」
聖女教育で教えられた聖句を書く。
もちろん相手には理解不能だった。
それから色々と話してから解放された。
待っていろとシンに言われて部屋を出され、ドアの外で持参した日本語の教本を読んでいたら1時間くらいでシンが出てきた。
「お待たせ」
「もういいの?」
「とりあえず手続きはしてきた。
後で連絡が来るらしくて、その後は向こう次第かな」




