19.人間ってのは信じたいことしか信じないからね
「何でも楽は出来ないということね」
「だね。
でも今のレイナなら可能だ」
「そうなの?」
「ああ。
だってレイナには聖力があるからね」
万能の力。
何でも出来てしまう異能。
ああ、そうか。
こっちの世界の人にはそんなことが出来ないんだ。
「なるほど」
「ちょっと考えただけでも可能性は無限だよ。
例えばどんな医者も敵わない無敵の治療が出来る」
確かに。
死んでさえいなければどんな怪我でも完全に回復させられる。
そもそも聖女の異名はそこから来ている。
病気や寿命は無理だが肉体的な破損や欠損ならほぼ回復は可能だ。
「だけど、それをやるのは感心しない」
シンが冷たく言った。
「なぜ?」
「切りが無い。
一度知れ渡ったら人が押し寄せてくる。
いいかい、この国だけでも人口は9桁いるんだ。
希望する人全部を治していたら聖力なんかあっという間に枯渇する。
だけじゃなしにその力目当てにレイナを攫おうとしたり無理矢理言う事をきかせようする連中が」
「判った!
やらない。
というか聖力がある事を知られても拙いのよね?」
ぞっとした。
確かにそうだ。
聖力は万能の力だから欲しがる人は多い。
というよりはほとんどの人がそうだろう。
そしてその欲望が権力や暴力と結びつくと面倒くさいことになる。
もちろん聖力を持つレイナはどんな相手でも返り討ちには出来るけど、相手の数は無限と言っていい。
ミルガンテでは大聖殿が実力で干渉を排除していたけど、こっちにはそんなものはない。
止めさせるためにはレイナが単独で相手を皆殺しにするか、あるいは二度と逆らわなくなるまで暴虐の限りを尽くすしかない。
ミルガンテでも古の魔王と呼ばれた者は大抵そうだ。
最初は善意で人を治したり癒やしたり荒れ地を切り開いたりしていたのだが、その力に目を付けた権力者が必ず介入してくる。
本人には敵わないことが判れば親類縁者や、時として何の関係もない者まで人質にとって従わせようとする。
そして最後は大破壊と大虐殺に至る。
「そう。
人間ってのは信じたいことしか信じないからね。
馬鹿は死んでも治らないという」
シンが辛辣なことを言った。
「こっちの世界でもそうなの?」
「もっと酷いよ。
聖力がないから歯止めが利かなくて、関係者が全員死ぬまで争いが続いたりして」
確かに。
聖力はある意味最強の歯止めだ。
どんなに隠れようが逃げようが無駄だ。
持たざる者は持っている者には絶対に勝てない。
問題は自分が対象になるまで信じない奴がいることで。
聖女教育では嫌と言うほど叩き込まれた。
何せ、懲りるという概念すら理解出来ない人もいるのだ。
その場合、何もかも叩き潰すまで終わらない。
そしてそれをやったら聖力を行使した方も敬遠される。
あるいは覇王として祭り上げられる。
その果ては破滅だ。
「判った。
絶対に知られないようにする」
「うん。
でも聖力を使わないと回避出来ないような問題も起こるかもしれないからね。
その場合は遠慮しないでいい」
「いいの?」
「まあ、変な事が起きても大抵の場合は誰かが何となく理屈を付けて有耶無耶になるから。
自分の身が一番だよ」
シンもなかなかぶっ飛んでいるのでは。
何があったんだろう。
ふと聞いてみたら渋い表情を向けられた。
「うーん、僕っていくつくらいに見える?」




