210.レイナ、起きてる?
「荷物は大丈夫?」
「うん。
このバッグだけだから」
「靴とか忘れないようにね」
そうだった。
スリッパを脱いでスニーカーに履き替える。
「ちょっとお花畑に」
「それがいいよ。
通関に時間がかかったら辛いから」
レイナの場合、聖力でトイレもどうにか出来ない事はない。
だがやはりあまり気持ちの良いものではないからお薦めに従う。
トイレの前には数人の行列が出来ていた。
しまった。
みんな考える事は同じか。
幸いにしてレイナの前に並んだ人たちが全員男性だったので、さほど待つことなく入室する。
用をたしてドアを開けると行列が伸びていた。
危なかった。
座席に戻ってもう一度バッグの中身を点検する。
パスポートとクレジットカード、それにスマホがあれば「80日間世界一周」のように何とでもなる。
いや、レイナの場合なくても何とか出来ないことはないが。
でも着いて早々に官警に追われるのは避けたい。
スマホを開いて航空券がちゃんとあるのを確認してから窓のシャッターを開けると光が溢れた。
そういえば。
もう現地時間では昼に近い。
飛行機はかなり高度を下げているみたいで下に見える雲が近い。
そして前方には陸地が広がっていた。
世界地図を見たら飛行機のアイコンはもう既に英国の上空に差しかかっている。
そういう風に見えてもまだ下は海だけど。
あれが英国か。
レイナは夢中になって観ていた。
日本を出発する時は夜だったから上空からは光点以外何も見えなかったのよね。
今こそ。
じわりじわりと陸が近づいて来て、気がついたら陸地の上を飛んでいた。
雲が多いがその切れ目から海岸線や平坦な土地が見える。
世界地図を見てみるとアイコンはブリテン島の北の端にあった。
ここから島を縦断してロンドンに行く訳ね。
しばらく観ていたが、陸地の上は逆に退屈だった。
似たような風景が延々と続いていて、あちこちを走る河のそばとか平地の真ん中に時々建物の集合体があるだけだ。
やっぱり英国でも田舎の人口は少ないのかも。
日本も地方に行ったらガラガラらしいし。
飽きてしまったレイナは機外風景を点けっぱなしにしたまま座席を変形させて寝椅子モードにしてぼやっとしていた。
これは観光旅行じゃない。
招待されてはいるけど相手の出方は不明。
ひょっとしたら着いた途端に殺り合いになるかもしれない。
別に覚悟するほどのことはないけど。
聖力は無敵だ。
「レイナ、起きてる?」
仕切りが下がってシンが声を掛けてきた。
「起きてる」
「もうすぐ着陸するから椅子を戻してベルトつけろって」
もう?
慌てて画面を見たら前方に滑走路があった。
しかもだんだん近づいて来ている。
「判った」
その通りにして待つ。
のろのろ動いていた風景は、飛行機がぐんと地面に近づくとあっという間だった。
ドスン、と揺れて機体が安定する。
前方の滑走路がどんどん流れていく。
だんだんとゆっくりになっていって、停まった。
「着いた」
思わず呟いてしまった。
随分静かだったけど凄いものだ。
これだけの巨体があんなに小さな衝撃で着陸出来るなんて、やっぱり地球の文明は素晴らしい。
操縦士の腕が良いのかも。




