197.いや腹が減って
ラウンジ内部は結構広かった。
ソファーがずらりと並んでいて、その向こう側はファミレスの客席のようになっている。
窓際も空いていたけどシンはどんどん進んで目立たない隅の方の席を選んだ。
「レイナがいるからね」
ごめんなさい。
まさかこんなところにまでスカウトが現れるとは思えないが、目立たない方がいいことは確かだ。
「さて。
食べようか」
そういえばここで夕食を摂るんだった。
席に荷物を置いてビッフェのコーナーに行くと予想以上だった。
ホテルほどの量はないけど和洋中すべての食材が揃っている。
ドリンクバーもある。
トレイにお皿を載せて片っ端から惣菜を載せていく。
どうせならと普段はあまり食べない和食の食材を選んで、ご飯と味噌汁にお新香までつけるとトレイからこぼれそうだった。
席に戻るとシンのトレイが置いてあった。
シンプルにご飯とハンバーグにコロッケ?
相変わらず安いファミレスのランチみたいだ。
別にいいけど。
とって返してドリンクバーでお水をグラスに入れて引き返してきたらシンは既に食べ始めていた。
遠慮がないなあ。
「いや腹が減って」
「別にいいけど」
お互いに遠慮するような間柄じゃない。
レイナも腰を据えて食事にかかった。
黙々と食べて、お皿があらかた空になったところでトレイを持って立ち上がる。
「デザート取りに行くけど」
「僕は後でいいや」
「判った」
ドライなものだ。
もっともシンは途中でスマホに連絡が届いたらしくて、食事を中断してバッグからタブレットを取り出して色々やっていた。
シンの目の前でのんびりデザートを食べるのも悪い気がする。
「ちょっと行ってくる」
「うん」
まずトレイを返しに行き、ついでに新しいトレイにコーヒーやショートケーキなどを載せて戻ってくるとシンがトレイを脇に寄せてタブレットを弄っていた。
仕事モードみたい。
大変だなあ。
レイナは自分のバッグを肩に掛けて窓際の席に行った。
もう外は真っ暗で、でも窓から見える地上には無数の光が点っている。
時々斜めに上昇していく光の塊や、すうっと降りてきて視界を横切っていく光が見えた。
あれが旅客機の発着か。
もうすぐあれに乗るんだな。
もちろんレイナはミルガンテでは空を飛んだことなどはない。
聖力を使えば飛べないこともないけど禁止されていた。
ていうかそんな必然性がなかった。
そもそもレイナの場合、大聖殿から出たこともほとんどなかった。
何度か庶民の生活を見学するということで、護衛付きで街を歩いたり郊外の畑まで行ったことはあったけど、全然面白くなかった。
どこもかしこも灰色というか活気がないし、歩いている人たちもみんな暗い。
日本に来てから観た異世界アニメでは転移した主人公が街で色々買い食いしたりするシーンがよく出てくるのだが、ミルガンテにはそもそも露天や出店などというものがなかった気がする。
というか「店」自体、ほとんどなかった。
そんなところで買物が出来る層は店になんか来ないで商人を呼びつける。
食事も自宅にコックがいる。
労働者用の酒場はあると聞いたが、下品で粗野だからと案内して貰えなかった。
庶民の経済活動が低調で、日本みたいに一般市民が昼間からぞろぞろ歩き回っているようなことはまったくなかった。
なぜならそんな余裕がないから。
みんな生きていく、というよりは喰っていくだけで精一杯だったんだろうな。
娯楽が発達するためには、それを育てる地盤が必要なのは判る。
一日中働いていたらアニメ観たり小説読んだりする時間なんかとれない。
日本、いやこっちの世界でそれが出来るのは、文明が発達して動力機械が人間の労苦を肩代わりしているからなのよね。
例えば畑を耕したり作物を収穫したり、それを街まで運んでくるような作業を人力と馬車とかだけでやったら大変だ。
それだけで一日中潰れてしまうし、体力を使い果たしてその後何かする気力はなくなる。
機械文明がなければ朝9時に出勤して午後5時に退勤するなんてことは出来なかろう。




